北大「CoSTEP」の皆さんと考える
こうした問題意識をもとに、私は7月13日、CoSTEPの皆さんにZOOM会議を開いていただき、そこに参加した。
「CoSTEP」とは、「Communication in Science & Technology Education & Research Program」の略で、北大にある「科学技術コミュニケーション教育研究部門」を指す。
2005年に文科省は、専門家と市民のあいだで双方向的な理解を深める人材を育成する「科学技術振興調整予算」を配分した。この予算は5年で終わったが、北大は独自の事業として継続した。狙いは、専門家と市民のあいだに立って双方の理解や対話を深める「科学技術コミュニケーター」を育成することだ。コースは1年間で、通学で講義や演習を受ける「本科」と、ふだんはテレ講義を受け、北大で3日間の集中演習を受ける「選科」に分かれる。
「選科」は、社会人や、道外・国外からの受講生が多い。私はたまたま昨秋、「選科」の集中演習に講師として参加したが、全国各地や韓国から、大学の広報担当者や大学院生、科学技術機関の専門家など、実に多彩な受講生が集まっていることに驚いた。
この日のZOOM会議では、まず私が質問した。
「テレビや新聞などに登場する専門家が局や新聞社によって異なり、しかも見解が相反している場合があった。視聴者や読者は、だれを信じてよいのか迷ったのではないか」
特任助教の西尾直樹さん(40)が司会を務め、まずリスクコミュニケーションなどを担当する特任助教の池田貴子さん(40)が発言した。
「テレビには多くの専門家が登場したが、分野別に『この人なら』という方に出演を依頼するのは難しかったろう。それまで縁のあった人や、アクセスしやすい専門家に依頼する傾向があり、局によって偏りが出てもやむを得ない。しかも新型コロナウイルスについては、まだわからない部分が多く、研究者でも、データや数値をもとに確信をもって発言することは難しい。ただ、メディアの担当者は科学的な知見について深く理解し、さまざまな見解があることを伝える必要があると思う」
池田さんは人獣共通感染症の疫学を専門とする獣医学博士で、主にエキノコックス感染予防の観点から、キツネの生態を研究してきた。CoSTEPでは、リスクコミュニケーションなどを担当し、査読付きの雑誌「科学技術コミュニケーション(JJSC)」の副編集長も務める。最新号では、新型コロナをめぐる緊急特集を組んだばかりだ。リスクコミュニケーションについて、次のようにいう。
「ある問題のリスクについて、専門家、政治家、市民、メディアは異なる理解、利害関係を持っている。その違いを理解したうえで、それぞれの立場や見方を理解し、市民が最終的に選択できる状態にしていくプロセスがリスクコミュニケーション。行政が決定する前に、市民が自分事として納得し、『自分たちが選び取った』と思えるようにすることが大切だ」
その点からいえば、迅速な情報公開は欠かせない。政府が専門家会議の議事録を作成しなかったことは問題で、新たにできた分科会では、どういう話し合いがなされ、政府や行政が何を根拠に政策を決定するのか、市民の目に見えるかたちで公開してほしいという。
池田さんが、リスクコミュニケーションがうまくいった例として挙げるのが、沖縄科学技術大学院大学(OIST)が中心となって作る環境モニタリングシステム「OKEON美ら森プロジェクト」だ。これは、OISTが地域の研究者や学校と協力して沖縄各地にモニタリングサイトを設け、最新技術を使って環境を観測するネットワークだ。外来種のヒアリの上陸が問題になった数年前、市民や行政の不安が高まった時に、このモニタリングシステムが役立った。24か所の調査地域に設置した72基の昆虫捕獲器を分析し、直ちに正確なデータを提供できたからだ。
「ヒアリ監視を目的に作ったネットワークではないけれど、結果的に役立った。大事なことは、専門家が日ごろから地域に密着して協働し、行政とも信頼関係を築いておくことだと思う」
自ら研究者としてヒアリの監視の教育プロジェクトにかかわった池田さんは、そういう。ここで西尾さんがコメントを加えた。
「もちろん、ヒアリとコロナでは危険の性質や大きさが違う。しかし大事なことは、平時から専門家と市民が信頼性、関係性を築いておくことだろう。私は、まちづくりをテーマの一つにしてきたが、やはり地域の社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)を活用しなければ、持続可能な場は創れないと思う」
西尾さんは同志社大学大学院で政策科学を学んだあと、産学官民連携の業務に携わってきた。300日で全国300人の研究者に映像インタビューをして、「研究者図鑑」というサイトで配信したこともある。
ここで池田さんが付け加えた。
「交流だけでなく、市民に主体的に関わる姿勢とスキルを身に着けてもらうことも大切。ヒアリの例では、研究者が市民にヒアリを選別する方法を教え、監視を助けてもらっている。日本ではトップダウンで物事が運ぶことが多いが、緊急時には急な動きに対応できない。日ごろから政府と自治体、自治体と市民など、連携を深めておくことが大事だと思う」
これを受けて西尾さんもいう。
「ソーシャル・キャピタルと近いものに、『成功の循環』モデルという言葉がある。これはMITのダニエル・キム元教授が提唱したモデルで、関係の質、思考の質、行動の質、結果の質という好循環のサイクルが、継続的な組織の向上につながる、という考えだ。結果ばかりを求めるのではなく、関係性があって初めてサイクルが動いていく。科学コミュニケーションについても、コロナを伝えるという結果だけを求めるのではなく、地域や市民との関係性をいかに築くのかが重要。人は合理的な判断だけでなく、感情によっても動く。関係性があれば、真剣に聞いてもらえるし、メッセージをポジティブに受けてもらえる。専門家のいうことを『自分事』として受け入れてもらえるよう、意識変容を助けるのが科学技術コミュニケーターの役割だ。今回のコロナ問題は、科学技術コミュニケーターにとっても、重要な転機になり得る」
西尾さんは、メディアと専門家の間でも、やはり「関係の質」が重要だという。記者が親しい研究者から感染やウイルスの最適な研究者を紹介してもらうにも、日ごろから科学者と対話を重ね、信頼関係を結んでおく必要がある。