新型コロナウイルスの退散祈願としてブームとなっている妖怪「アマビエ」の文字商標を、広告代理店大手・電通が出願(のちに取り下げ)していたことにインターネット上で賛否の声があがったが、アマビエを商標出願しているのは電通に限った話ではない。中でもいち早く出願し、影響の大きさを懸念する声があったのは、製菓会社「お菓子のさかい」(本社・福島県石川町)である。
アマビエをモチーフにしたり、商品名に冠したりした和菓子などは全国で作られているため、もしお菓子のさかいが商標権を取得した場合、他社がアマビエの菓子を販売できなくならないか、という指摘があがっていた。ただ、同社の酒井秀樹・代表取締役社長はJ-CASTニュースの取材に、もし商標権が取得できても「権利はオープンにして誰でも使えるようにします」と明言する。ではなぜ出願したのか。詳しく聞いた。
「商品販売を差し止められるリスクをなくしたかった」
特許情報プラットフォームのデータによると、「アマビエ」を含む商標は2020年7月13日現在で13件ヒットし、いずれも審査待ちで、登録はされていない。最も早かったのが4月10日付で「アマビエ」のみの文字商標を出願した「お菓子のさかい」だ。指定商品は第30類の菓子(果物・野菜・豆類又はナッツを主原料とするものを除く)とパン。5月8日には、やや広い範囲でイラストの商標も出願した。
江戸時代後期に描かれたアマビエだが、新型コロナウイルスが蔓延しはじめた3月上旬ごろから、疫病退散にご利益がある妖怪として人気が沸騰。アマビエが描かれた資料を所蔵する京都大学はデジタルアーカイブを公開し、活用を呼びかけた。アマビエをモチーフにした商品が各業界で販売されており、菓子業界もその1つ。和菓子から洋菓子まで工夫を凝らしたアマビエ商品が全国で作られている。
多くの人に愛されるアマビエだけに、お菓子のさかいが「アマビエ」の文字を商標出願したことに対しては「権利を独占するのか」という批判的な声もある。だが、同社の酒井秀樹社長は7月10日、J-CASTニュースの取材に「仮に商標権を取れた場合も、アマビエのお菓子を当社が独占したり、他社さんに対して権利を主張したりするつもりはありません」と話す。
同社はすでに、主力商品のブッセやかりんとう饅頭などに、アマビエをモチーフにした焼き印やイラストをつけて販売している。商標出願したのは、これら自社商品の販売を続けられるようにするためだという。
「商標を取っておかないと商品を販売できなくなる可能性がある、というのが出願の一番大きな理由です。販売し続けられるなら出願を取り下げてもいいのですが、取り下げても誰かが出願するでしょう。そして、もし誰かが利権目的でアマビエの商標を取った場合、すでに関連商品を販売している製菓会社はそちらの意向を伺いながら販売しなければならず、かなり大変になると思います。弊社としては商品販売を差し止められるリスクをなくしたかったのです」(酒井社長)
「出願が通っても通らなくても、目的は果たされます」
リスクを懸念した背景には、お膝元の石川町で起きた商標権をめぐる「母衣旗(ほろはた)事件」(東京高裁1999年11月29日判決)がある。判決文によると、同町にある「母畑(ぼばた)」という地名は、源義家の母衣と旗にまつわる「母衣旗」が転化したという伝承があり、町は地域振興のため、地元業者の産品に母衣旗という言葉の使用を奨励。ところが、そうした事情を知っていたであろうにもかかわらず、食肉などを指定商品に「母衣旗」を商標登録した企業A社が現れた。
A社が商標権侵害を主張した相手の1つは、「母衣旗まんじゅう」の名で商品を販売していた製菓会社B社。2400万円の損害賠償を請求されたB社は、まんじゅうが指定商品に含まれないとして請求を拒否したが、トラブル回避のため「母衣旗」の名前の使用を中止した。最終的にはA社の商標登録は公序良俗違反により無効となったが、石川町が最初に登録無効の審判請求をしてから5年を要した。
「身近な場所で製菓会社と商標をめぐる問題があったことを考えると、弊社が『アマビエ』の商品を販売していくには、商標出願は必要な手順でした。世の中には『商標ゴロ』みたいな人がいて、商標が悪用されるおそれがあるということも知りました」(同)
前出のとおり、お菓子のさかいは同業他社によるアマビエの使用を排斥する考えはない。むしろ「誰でも使えるようにする」つもりだという。
「もし商標権が取得できたら即座にオープンにし、誰もが商標を使えるようにする予定です。そのことを表明する文章も出願時から考えています。誰かが商標権を取り、誰でも使えるようにするが一番安心なんじゃないかと思います」(同)
逆に、審査の結果として商標登録が却下されても「それはそれでいい」と考えている。
「弊社の出願が却下されたら、その後は他の会社さんが同じようなアマビエの商標を出願することはないでしょう。担当の弁理士が申請させないと思います。そうなれば(商標登録されることがなくなり)誰でもアマビエの菓子を作れるようになりますから、『自社商品を販売できるようにする』という目的に合致します。弊社としては出願が通っても通らなくても、どちらにせよ目的は果たされます」(同)
「有名な妖怪などは数多く商標登録されています」
酒井社長はネット上で賛否の声があがっていることも把握している。「アマビエは公(おおやけ)の性格が強いので、おっしゃることは分かります」というものの、「会社の評判に関わる」ことなどを理由に出願を取り下げる考えはない。出願が通ろうが通るまいが、審査結果が出ることを重要視している。
「物を売るにあたっては、登録される可能性があるものすべて商標の問題がついて回ると思います。それと、有名な妖怪などは数多く商標登録されています。たとえば、『カッパ』は良くて『アマビエ』はダメという考えはちょっと腑に落ちません」(同)
出願は特許庁が設けている東日本大震災復興支援の早期審査制度を活用したといい、近いうちに判断が下りてもおかしくない。なおイラストの出願については、「弊社社員が作ったオリジナルのイラストで、登録したほうがいいということだったので出願しました」としている。
酒井社長は「弊社も新型コロナウイルスの影響で観光地への供給がゼロになり、疫病退散の思いがあります。さらに、(2011年の)原発事故をうけ、30キロメートル離れた場所にあったお店が撤退しており、風評払拭の思いもあります。そうしたことを祈願して販売しているアマビエの商品ですから、作り続けられることが一番大事です。そして繰り返しますが、もし商標権が取得できたらすぐにオープンにします」と話している。
(J-CASTニュース編集部 青木正典)