2020年7月4日の豪雨災害で、熊本県と宮崎県、鹿児島県を結ぶJR九州の肥薩線(八代~隼人)が大きな被害を受け、6日現在も全線で運転を見合わせている。同線は古くは南九州の動脈であり、明治末期に作られたインフラが現役であった。豪雨でそれらの1つ、球磨川第一・第二橋梁(いずれも熊本県)が流失した打撃は大きい。
明治の近代化産業遺産が点在
肥薩線は今でこそローカル線であるが、1909年に全線開通した時は熊本~鹿児島間の最短ルートで、鹿児島本線(1927年全通)より開通が早く、開通時はこちらが鹿児島本線に組み込まれていた。
明治時代の開通であるが、当時の施設が今も現役で使われている。流失した球磨川第一橋梁・球磨川第二橋梁も該当し、1908年完成の米アメリカン・ブリッジ社の建設による。石とレンガでできた橋脚と「トランケート式」という珍しい構造のトラスを持ち、鉄道写真の撮影スポットでもあった。
他に代表的な設備を挙げると、難工事で完成まで2年を要した矢岳第一トンネル(1908年完成)、人吉駅にある石造りの旧人吉機関区車庫などが点在し、駅舎も木造のものが多く残されている。また山間部を走るため、大畑(おこば)駅周辺で急勾配を緩和すべく最短経路ではなく緩やかなルートで山を登る「ループ線」と、方向転換して緩い線路を上下する「スイッチバック」を採用。おかげで大畑駅周辺は車窓が美しい名所「日本三大車窓」に数えられている。
2009年に経済産業省より指定を受けた「九州南部における産業創出とこれを支えた電源開発・物資輸送の歩みを物語る近代化産業遺産群」には同線の施設も含まれていて、前出の球磨川第一橋梁・球磨川第二橋梁・旧人吉機関庫・大畑駅と周辺の鉄道施設・矢岳第一トンネル等が該当する。
災害復旧は長期化の傾向
肥薩線を走る優等列車「はやとの風」「いさぶろう・しんぺい」「かわせみ・やませみ」はいずれも観光列車の要素が強い。長時間停車や低速運転で沿線風景・近代化遺産をじっくり観光できる設定だ。前出の観光資源の活用が図られていたが、球磨川第一橋梁・第二橋梁が流失し、復旧に相当な時間がかかることが予想される。
南九州の鉄道網では肥薩おれんじ鉄道(八代~川内)と、くま川鉄道(人吉温泉~湯前)も甚大な被害を受けている。肥薩おれんじ鉄道は鹿児島方面へのJR貨物の貨物列車も直通するが、これらも運休になっている。
近年はJRの路線であっても、災害で被災するたびに不通が長引くケースが発生している。JR北海道の根室本線では2016年の台風10号で被災以来、東鹿越~新得間が不通のままでバスによる代行輸送が続いており、JR九州では2016年の熊本地震以来、豊肥本線の肥後大津~阿蘇間が4年にわたり不通で、20年8月8日に全線で運転再開予定である。同社では2017年に九州北部豪雨で被災した日田彦山線もあったが、こちらは添田~夜明間の鉄道での復旧を断念し、BRT(バス高速輸送システム)への転換でJR九州と沿線自治体が合意している。肥薩線やその他の鉄道路線も、復旧のコスト・方法等について議論が必要なほどの大きな被害になっている。