外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(11) 「中国式」の力と限界

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追跡と監視の仕組みはこうなっている

   今回の中国のコロナ対応で、武漢閉鎖という強硬措置と共に世界の注目を集めたのは、ITを駆使した感染者追跡システムだった。

   武漢封鎖のあと、中国政府が全土への感染拡大を防止するために採用したのが、ITを駆使したウイルス追跡システムだった。

   5月26日付米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)によると、このシステムの公式名は「アリペイ健康コード」。浙江省杭州市の当局と、同市に本社を置くアント・フィナンシャル・グループが2月に共同開発し、すぐに中国全土200都市に導入された。ちなみに、同社はアリババの傘下にあり、世界最大規模のオンライン決済「アリペイ」を運用し、海外にも進出している。

   このアプリをスマホに落として個人情報、最近の旅行履歴、健康状態などを打ち込むと、感染リスクの低い順に、緑、黄色、赤色の色彩QRコードが割り当てられる。緑であれば、通行は自由だが、黄色は1週間、赤色は2週間の自宅待機を要請され、行動が制約される。市民は職場や駅、スーパーなどの入り口で検温すると同時に、この色彩コードをチェックされ、緑であれば自由に出入りを許される。

   だが同紙によれば、問題は二つある。一つは、当局も同社もシステムの詳細を明かさず、どのようなデータ、どのような仕組みを使って色彩の振り分けをしているのか、利用者にもわからない点だ。急に色彩が変わったり、黄色や赤色に識別されたりしても、その理由は明らかにされない。二つ目は、同紙が分析したところ、アプリには個人情報や位置情報が地元警察のサーバーに送られるプログラムが組み込まれている点だ。アプリは交通機関や公共施設など、至るところでチェックされ、情報が蓄積されるので、特定個人の追跡も可能だ。

   感染拡大防止のために導入されたアプリだが、そのデータがどう使われ、収束後にその個人情報が廃棄されるかどうかもわからない。同紙の取材では、杭州市当局は、このシステムをさらに向上させた「個人情報インデックス」を企画しているという。これは睡眠時間や歩行数、飲酒・喫煙などの生活習慣を数値化し、1から100までの指標にするという構想だ。

   そうなれば、こうした個人情報が就職や昇進、さらには解雇などの根拠に使われかねない。まさに、医療や健康など「公共の福祉」に名を借りた「監視システム」といえる。

   中国はすでに2008年の北京五輪、2010年の上海万博といった大イベントを通して、監視システムを更新してきた。今回のコロナ禍は、デジタル・プライバシーの自発的提供を促し、そのシステムをさらに精緻化する機会になりかねない。

   アプリ導入は個人の自由なのだから、もしデジタル・プライバシーを守りたいなら、導入しなければよい。そう思う方もいるだろう。だが同紙3月1日付(電子版)の記事によれば、2月24日のブリーフィングで浙江省当局は、その時点ですでに同省の人口の9割にあたる5千万人がアプリを導入し、98・2%が「緑」だと説明していた。

   5月26日付の記事では、同月に杭州市の警察当局が発表した「朗報」を伝えている。24年前に殺人事件を起こして逃走していた容疑者が、警察に自首してきたという。その男は、「健康コード」の認証が得られなかったため、どこにも行けず、どこでも働けず、数日路上で過ごした末に、警察に出頭してきたのだという。個人の「選択の自由」が、どこまで中国社会で認められるかを明かすエピソードといえるだろう。

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