小田原市長の守屋輝彦氏(53)が544票の僅差で制した2020年5月の市長選挙で、選挙公報に「ひとり10万円」との公約を掲げていたことに疑問の声があがっている。この公約の意味するところは、市が独自に市民1人あたり10万円を支給する内容ではない。政府が実施している国民1人あたり10万円の特別定額給付金を迅速に支給するというものだった。
「ひとり10万円」という書き方は前者のように読み取れるとして、当選後に市議会でも質問が出た。その後、全国紙にもこの公約を批判する投書が掲載され、さらに議論はインターネット上にも飛び火。だが、守屋市長は動画をアップして説明し、騙す意図について「そんなことは全くありえない」と強く否定した。また、J-CASTニュースの取材に対しても、改めて自らの「真意」を強調する。
「国の定額給付金を迅速に執行するという意味」
任期満了に伴う小田原市長選挙は5月17日に投開票され、無所属で元神奈川県議会議員の守屋氏(自民党推薦)が、4選を目指した無所属現職の加藤憲一氏(56)を破って初当選した。得票数は守屋氏3万7245票、加藤氏3万6701票で、わずか544票差の接戦を制した。
問題となったのは守屋氏の選挙公報に掲載された公約の1つだ。「市民を『守る』コロナ対策」と題して新型コロナウイルス関連政策を列挙。「生活」「事業者」「教育」「いのち(医療)」「地域経済」の5カテゴリーに分け、それぞれ2~3項目ずつの政策をあげた。このうち「生活」の中に「ひとり10万円」と記載していた。
5月28日の市議会臨時会で宮原元紀市議は、選挙公報の「ひとり10万円」の意味を質問。守屋氏は、
「国の定額給付金を迅速に執行するという意味です」
とし、市独自の給付金ではない旨を説明した。宮原氏が「市民の中には選挙公報に書かれている『ひとり10万円』が(国の給付金に)さらに追加で10万円と捉えている方がいらっしゃいます」と問いただすと、守屋氏は「紙面の大きさの都合があって、私としてはなるべく明確なメッセージを分かりやすくお伝えしたく、今のような表現にさせていただいた」としている。
公報とは別に、選挙に使ったビラを見ると、コロナ対策の個人への支援について「国 ひとり10万円」と記載。国の給付があることを明示したうえで、「さらなる小田原独自の支援が必要」とし、「子育て世帯・生活のお困りの方など」に対して「守屋はここの方々も支援します」と、市として別の政策を打ち出すことを記載していた。
とはいえ、市長選挙の公報に「ひとり10万円」とだけ書かれていれば、国の定額給付金と別立てで市が独自に10万円を給付するものと捉えられても不思議でないように思える。紙面の都合という点も、公報では「ひとり10万円」(7文字)の上に「児童扶養手当5万円」(9文字)と書いていることなども勘案すると、書きようはあったとも思われる。
6月19日の定例会では、清水隆男市議が「市民の皆様の中に誤解を生じさせたのは守屋市長の責任」として市民への説明を求めた。守屋氏は、同公約の説明はビラの表現のほうが適切だったとした上で、「この選挙公報の在り方が独自の給付金であると誤解を招いたことに関しては、私も真摯に受け止めています。今回のことを踏まえ、今後の市政運営にあたっては明瞭で簡潔な説明を心がけてまいりたいと思います」などと反省を口にした。
「そのような噂については100%否定させて頂きます」
議論は別の場にも波及。6月26日の朝日新聞朝刊には、選挙公報の「ひとり10万円」について「困窮している市民を欺く前代未聞の公約だった」などと批判する投書が掲載された。ツイッターなどで拡散され、ネット上でも賛否の声があがることになった。
すると守屋氏は6月28日、YouTubeチャンネルに11分を超える動画をアップし、その中で「ひとり10万円」について、次のように背景を説明した。
「『国の給付金はいつになったら振り込まれるの?』という問い合わせを数多く受けていたので、それに1日でも早く対応する、そしてこの給付金だけでは不十分と思われる子育て世帯や生活にお困りの方に対しては、市独自の支援策を講ずると訴え、また選挙管理委員会に事前に確認を受けたうえで配布した法定ビラ(前出)にもそれを表現しております」
もともと誤読させるつもりだったのではないか、との疑惑に対してはこう強く否定している。
「『1人10万円、つまり合計190億円(編注:小田原市の人口は約19万人)の支出なんてできるわけがないのに、市民を騙すつもりでわざと記載したのではないか? 嘘をついていたのではないのか?』との声に関しては、そんなことは全くありえない。だからこそ、先程お示しした法定ビラにはそのことが詳しく記載してあることを申し上げさせていただき、そのような噂については100%否定させて頂きます」
そのうえで「市議会からのご指摘を真摯に受け止め、この表現方法で誤解を招いたことに関して深く反省をしております」と頭を下げた。翌29日に更新したツイッターでも、「小田原市民の皆様へ 私の選挙公報での表現について様々なご意見をいただきました。ここで改めて誤解を招いたことを深くお詫びいたします」と謝罪した。
なお、国からの10万円給付に関して「申請書の審査を行う人員を大幅に増員し、夜間・休日の作業を続けた結果、申請済みの方に対してはほぼすべての方に支給を完了しております」と実際に迅速支給ができたことを報告している。
出直し選挙「全く考えておりません」
守屋氏は7月1日、J-CASTニュースの取材に「選挙公報だけ見ると趣旨が伝わりづらかったこというご指摘は、真摯に受け止めて反省しております」と繰り返した。
「ひとり10万円」という書き方で「国の給付金10万円の迅速支給」と解釈できると思ったのか、については「そうお伝えしたかったのが真意です」と話す。だが、公報に限らずビラを見ても、国の給付金10万円の「迅速支給」の要素は読み取りづらい。守屋氏は「『迅速支給』とは書いていないということも含めて、表現方法については振り返っており、もっと違う表現の仕方があったと反省しております」とする。
そもそも国の政策をなぜ市長選の公約に盛り込んだのか。守屋氏は「教育や河川管理など、行政運営は日本の地方自治制度上、国、県、市ではっきり切り分けるというより、一体となって実施するものが多いです。財源も国庫100%の場合もあれば、半分や3分の1といった場合もあります。最初はAの目的で使う予定だったお金をBに充当するといった裁量が認められるものもあります」とした上で、こう話した。
「私が選挙で示した話はさまざまな政策分野に及びます。国の政策を公約に盛り込んだのは、国の定額給付金は自治体が支給を担っており、自治体間で支給にスピード差があったことに鑑みて、自治体として迅速に支給することを示すためです」(守屋氏)
公約が市独自の10万円給付だと誤解した有権者の票が544票という僅差での勝利につながったとしたら、その有権者らの思いにどう応えていくのか。
「有権者は教育の充実を望む方もいれば、医療崩壊を防ぎたいという方もおり、さまざまな思いをもってご投票いただいています。すでに子育て世帯への支援など、総額23億円ほどの支援を市長就任後に決定しており、これは県内トップクラスの規模です。今後も新型コロナウイルス対策に限らず、さまざまな課題に的確に対応することで、市民の付託に応えていきたいと思っています」(同)
今後市政を運営するうえで、守屋氏は「市の政策も、結果として財源は国の補助金や交付金を入れることは財政運営として十分あり得ることです。財源のどの部分が国なのか、県なのか、市なのかということより、市民の皆様の生活に直結することは何かということが大事だと思っています」としている。再選挙、いわゆる出直し選挙の可能性については「私は全く考えておりません。指摘は真摯に受け止め、これから4年間の行政運営で市民の付託に応えてまいりたいと思っております」と話した。
(J-CASTニュース編集部 青木正典)
話題となった選挙公報がこちらでございまして、ここに一人10万円の表現がございます。
— 小田原市長 守屋てるひこ (@moriyateruhiko) June 29, 2020
そしてこの選挙公報の文字だけを見るとその趣旨が伝わらず、市独自の10万円の給付を受けられると思った市民がいる。
もしそうでないならばしっかりと市民に説明すべきとのご指摘をいただきました。 pic.twitter.com/87lfIiMUjO