外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(10)
「韓国モデル」が意味するものは何なのか

富士フイルムが開発した糖の吸収を抑えるサプリが500円+税で

「検査数増加」はどのような効果があるのか

   日本にとって、この「韓国モデル」が興味深いのは、「検査数」の増加が新型コロナの感染拡大防止に、どのような効果を持つのか、という点だろう。

   周知のように日本では、感染拡大の初期から、PCR検査の対象者を重症者や症状のある人に絞りこんだ。ワイドショーでは、連日のように、検査を必要としているのに受けられなかった人の事例や、そのために亡くなった人のケースが報じられ、もっと検査を増やすよう求める声が高まった。

   だが、検査数はなかなか増加せず、政府が積極的に検査強化に踏み切るのはかなり遅く、情報公開で先行する大阪府などから、緊急事態宣言解除の目安となる基準を提示するように迫られた、5月上旬のことだった。

   政府の専門家会議は同5日、PCR検査の必要性を判断する相談センターへの相談の目安を変更する方針を打ち出した。これまで、重症化しやすい人で、風邪症状が「2日程度」続いていた場合としてきた日数をなくし、すぐ相談しやすいように変更する方針を固めた。「37・5度以上」が4日以上としてきた発熱の目安も削除の検討を始めた。

   これを受けて厚労省が、PCR検査をめぐって、保健所などの相談センターに相談する目安を変更したのは同8日のことだ。「37・5度以上の発熱が4日以上続く」という条件を削除し、息苦しさや強いだるさ、高熱などの強い症状がある場合は、すぐに相談するよう求めることにした。高齢者や基礎疾患がある重症化しやすい人は、軽い風邪症状でもすぐに相談するよう勧めることも決めた。

   この変更について、加藤勝信厚労相は、従来から同省は自治体に対し、「幾度となく通知を出し、相談や受診は弾力的に対応していただきたいと申し上げてきた」と語り、政府が「目安」を盾に検査を絞ってきたというのは「我々から見れば誤解だ」と苦しい釈明をした。

   同じ日には、官民共同で進めていた感染追跡アプリについて、政府が今後は厚労省が主導するとも決定している。米グーグル、米アップルが、共通規格の利用などは政府が主体となるよう求めたため、方針を転換した結果だった。

   いずれも「韓国モデル」から見れば、遅きに失した方針転換のように映る。

   だが問題は、感染封じ込めの結果から、「韓国モデル」が優れていると即断することではなく、検査態勢の強化が、どこまで封じ込めに寄与したのかどうか、日本のような「絞り込み」路線が、どの程度、感染拡大に影響したのかを、具体的に検証することだろう。

   いまだに日本では、検査の絞り込みという初動の取り組みが、(1)検査希望者の殺到による医療体制態勢の崩壊を防いだ(2)「偽陽性」、「偽陰性」の恐れがあるPCR検査への過度の依存は感染拡大の防止に役立たない(3)人材や資源に限りのある保健所で検査を絞り込み、厚労省のクラスター班が徹底的に追跡することで、感染爆発を防ぐことができた、という主張が根強い。

   たしかに、この議論には説得力がある。だがそれは、経済活動や、個人・社会の行動の制限という「社会の痛み」を伴う「緊急事態宣言」と同時に進行していたことを、もう一度想起する必要があるだろう。今のままでは、拡大防止の一定の成果が、どこまで防疫システムによるものか、あるいは行動制限によるものなのか、それすらわかっていない。

   社会活動の制限には痛みと経済的な損失が伴う。それをどこまで許容するのか、あるいは他の効果的な防疫システムと組み合わせて痛みを軽減しながら拡大防止に役立てるのか、今後はさまざまな損益を比較較量し、それぞれの社会にとっての「最適解」を求めるしかない。そのための検証活動と合意が、来る「第2波」に備える最低限の条件なのではないだろうか。

   この点で参考になるのは、やや古くなるが、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが4月2日付けの電子版で報じた「コロナ大量検査に舵切る国も封鎖の効果乏しく」という記事だった。この記事は、封鎖によってもなかなか効果があがらない欧州諸国の政府や科学者たちが、「大量検査から早期隔離へ」という手法で封じ込めに成功しつつある韓国、シンガポール、台湾にならい、大量検査に方針転換をしつつあることを伝えた。同紙が例に挙げたのは、欧州で当時1週当たり検査数最多の50万人だったドイツが、さらに検査態勢強化に向かっている例や、英国が250万点の検査キットを購入して態勢強化に踏み切ったなどの例だ。同紙は、検査対象を重症者に絞る代表例として日本、フランス、インドを挙げ、欧州各国での方針転換の背景にあるのは、都市封鎖による感染防止の効果がなかなか上がらず、こうした検査態勢強化によって、活動再開が可能になるという期待があるからだ、と指摘していた。

   「第1波」の封じ込めにおいて、多くの国は「経済」か、「命」かというトレード・オフの選択に直面した。それは、やむを得ない面もあったろう。しかしこれからの対策においては、経済・社会活動を維持しながら、いかに感染拡大を防ぐのか、という「最適解」を模索するしかない、ということだろう。

姉妹サイト