「家に帰る時が来ました(It's time for people to go home.)」
デモ隊に占拠されたシアトル「自治区」。相次ぐ銃撃事件を受け、ジェニー・ダーカン市長(民主党)が記者会見で、厳しい表情でそう語った。
その10日前に「お祭りみたいな雰囲気」と語った時とは、表情がまるで違った。
市長「家に帰る時が来ました」
日本のマスコミではあまり報道されない「シアトル占拠」について、この連載ですでに2度、取り上げた(「シアトル占拠」に市長「お祭りみたい」、大統領は「制圧せよ」(6月12日)、シアトル「占拠」自治区はなぜ生まれたのか(6月14日))。その後、事態は一変した。
まず、占拠までの経緯を簡単に説明したい。2020年6月10日から11日にかけて、米北西部ワシントン州シアトルで数百人のデモ隊が市街地の一角を占拠。「自治区」を設定したと宣言した。
このデモは、5月末、中西部ミネソタ州ミネアポリスで、白人警官が黒人男性ジョージ・フロイドさんを死亡させた事件を受けて、全米・全世界に広がった抗議デモの一環だ。
おおむね平和な抗議デモだったが、5月31日、デモ隊が道路を占拠し、放火や建物の破壊も起きた。同日夕方、外出禁止令が出され、2000人の州兵が市の要請で派遣された。
デモ鎮圧のために警察が催涙ガスやゴム弾を使ったことなどに対して、デモ参加者が強く反発。警察とデモ隊との衝突が続いた。6月5日、市長は催涙ガスを使わないことを約束したものの、その後も混乱が続いたため、6月8日、カルメン・ベスト警察署長の判断で再び催涙ガスを使用した。
その直後に突如、警察が一斉にバリケードから撤退。シアトル警察東管区の入口や窓を板で封鎖し、必要なものを持ち出し、警察はそこから撤退した。そこへデモ隊が大手を振ってなだれ込み、警察署や市庁舎を占拠し、「自治区設置」を宣言した。
6月10日、デモ参加者らは市庁舎に押し寄せ、「警察の経費削減を即実行しないなら、市長は辞任しろ」と迫った。
警察との住民の対立は以前から
ベスト警察署長はのちに、「撤退は自分の決断ではなかった。市が強い圧力に屈した。私は怒りを覚えている」と話した。女性で自らも黒人であるベスト警察署長は、デモ参加者と対話し、「あなたを見ると、自分の家族を思うんですよ」と黒人男性に語っている。
警察がホームレスの人たちを「暴力的なやり方で街から追い払おうとした」など、シアトルでは警察と住民との対立が以前からあった。
2017年には、黒人女性チャーリーナ・ライルズさんが自宅に強盗が入ったと警察に通報したところ、駆けつけた警官に射殺される事件が起きた。警察は「ライルズさんが精神に異常をきたして、キッチンナイフで襲ってきたので、撃った」と主張している。
「自治区」設置に対してトランプ大統領は、「国内テロだ。自分の町を取り戻せ。やらないなら私がやる」、「思いやりをもって制圧する」と厳しく非難した。 一方、ダーカン市長は、「この国は抗議することで生まれた。抗議は憲法で守られた大切な権利」とし、インズリー州知事(民主党)とともに「トランプは口をはさむな」と反論した。
「自治区」は、銃やナイフを手にした「自警団」が見回りをしていた。現地から発信される報道や写真・動画によると、自治区では通りのスタンドで食べ物が無料で配布され、日用品が並び、親子連れの姿も見られた。
集会のほか、映画上映や音楽演奏、詩の朗読、野菜作りが行われ、「警察がいないから、穏やかだ」と集まった人たちは口をそろえていた。
多くの人々が助け合って平和に暮らしているように見えたが、もともとそこにいたホームレスたちを追い出したこともあり、混乱も見られた。一部で殴り合いなどの暴力的な行為もあった。
自治区でボコボコにされた日本人
しかし、そんななか、自治区で少なくとも4件の銃撃事件が起き、6月20日には黒人男性(19)が死亡する事態となった。
警官らが駆けつけ、自治区に入ったものの、「占拠者らに阻止された」と、保守系FOXニュースだけでなく、民主党寄りのCNNやABCも報道している。救急隊員も駆けつけたが、警察によって安全が確保できないため、中に入れない。
自治区の中に入って行こうとしない救急隊員らに、占拠者が必死に助けを求める動画がネット上で流れている。
「警察が安全を確認するまで、入ることはできない」と答える救急隊員に、「あいつは死にそうなんだ。助けてくれ。あいつが自分の息子だったら、安全がどうのなんて言ってないで、飛び込んで行くだろう。なぜだ。あいつが黒人だからか」と叫び訴えている。
発砲事件を受けて6月22日、ダーカン市長は会見で、「デモ参加者に退去を求めて説得に乗り出し、自治区を解体する方向で動く」とし、「家に帰る時が来ました」と話した。
日本人で現代記録作家の猪股東吾(大袈裟太郎)さんが、「日本に状況が伝わりづらく、この眼で確かめ伝え残すため」と現地に飛んだところ、「自治区」に入って15分でボコボコに殴られた」とツイッターなどで伝えている。
私が猪股さんと電話で話したところ、「ほかの人に助けを求めに行くと、氷などで手当てをしてくれ、こんなことになって申し訳ないと、ハグしてくれた」という。
デモのリーダー複数、住民の集団訴訟も
猪股さんが現地入りしたのは、発砲事件が起きたあとということもあってか、ドラッグの影響か、道で叫んでいる人なども目立ち、想像していなかった光景も見られたという。
リーダーの1人とみられるヒップポップの歌手ラズ・シモン氏は、「デモが批判を招いた」とし、「多くの平和的なデモ参加者に危害が及んでいる」とテレビ局の取材で答えている。
24日、リーダーらは「自治区からすでに多くの人が去った」と話しているが、まだ残っている人もおり、一部では商店の破壊などが続いた。
平和な抗議デモや「ブラック・ライブズ・マター」運動を支持する住民は多いものの、落書きで街が汚され、「今も破壊行為が続いているのに、市や警察が見て見ぬふりをし、市民を守ろうとしない」、「多くの人は礼儀正しいけれど、それでも脅威を感じる」と、怒りの声が上がった。
自治区とその周辺の住民や商店の従業員らが24日、「占拠を許し、地域を見捨て、安全に暮らす権利を奪った」として、シアトル市を相手取って、集団訴訟を起こした。
現地に取材に訪れたABCなどのリポーターは、「リーダーが複数いて、何が起きているのか、何を求めて残っているのか、よくわからない状況だ」と戸惑った様子だ。
デモ参加者らは、「警察予算の半分以上の削減」、「逮捕されたデモ参加者全員の解放」などを主張しているとも伝えられている。(随時掲載)
(※6月27日追記:公開当初、猪股東吾さんの名前の一部と、引用したコメントの一部について誤りがありました。訂正してお詫びします)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。