岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
アトランタ警官「ボイコット」相次ぐ異常事態

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   米南部ジョージア州アトランタで、警官が通報に対応せず、次々と病欠するという異例の事態が起きている。当地の黒人男性が白人警官に射殺された事件で、警官らが殺人容疑で訴追されたことに対する抗議と見られている。

   いったい今、アトランタで何が起きているのか。

  • 警官による黒人銃殺事件の翌日に辞任したエリカ・シールズ警察本部長。警察改革にも積極的に取り組んでいた(アトランタ市警のホームページから)
    警官による黒人銃殺事件の翌日に辞任したエリカ・シールズ警察本部長。警察改革にも積極的に取り組んでいた(アトランタ市警のホームページから)
  • 警官による黒人銃殺事件の翌日に辞任したエリカ・シールズ警察本部長。警察改革にも積極的に取り組んでいた(アトランタ市警のホームページから)

テーザー銃を発砲して逃走の黒人を背後から銃撃

   この事件が起きたのは、2020年6月12日。米中西部ミネソタ州ミネアポリスで、白人警官によって黒人が首を膝で押さえつけられ殺害された事件から、3週間もたっていない。

   ミネアポリスの事件を受けて黒人差別に抗議し、「Black Lives Matter(黒人の命も大事)」の抗議デモが全米で起きているなか、アトランタでも黒人男性が警察の拘束に抵抗し、白人警官に撃たれて死亡する事件が起き、全米に衝撃が走った。

   警官のボディカメラや目撃者の動画などから、事件の詳細が見えてきた。

   死亡したレイシャード・ブルックスさん(27)は、ファストフード店「ウエンディーズ」のドライブスルー車線に止めた車の中で寝ていたため、他の客に迷惑だと従業員が警察に通報した。

   現場には、デヴィン・ブロズナンとギャレット・ロルフという2人の白人警官が駆けつけた。

   車の中で寝ているブルックスさんに声をかけ、職務質問する。警官から不必要に威圧的な態度は感じられない。その後、長いこと続く飲酒検査や身体検査に、ブルックスさんは抵抗することなく応じていた。

   飲酒検査で大量のアルコールが検出されたため、飲酒運転の容疑で警察が手錠をかけ拘束しようとしたとたん、ブルックスさんは暴れ出し、3人で激しいもみ合いとなった。

   「Stop fighting!(止めろ、争うな!)」と繰り返す警官の声が聞こえる。

   ブルックスさんはブロズナン警官が持っていたテーザー銃(高電圧電極を打ち出すスタンガンの一種)を奪って逃走。ブルックスさんは逃げながら後ろを振り返り、追いかけてくるロルフ警官のほうに向けて、テーザー銃を発砲した。

   ロルフ警官は逃げ続けるブルックスさんの背中を2発撃ち、3発目は車に当たった。ブルックスさんは病院に運ばれ、手術後、死亡した。

警官に対する見方は真二つ

   この事件で、全米で続く黒人差別に関する騒乱と抗議はますます激しさを増した。6月13日、アトランタではおおむね平和な抗議デモが行われたが、高速道路がデモ隊に占拠され、現場となったファストフード店「ウエンディーズ」が放火されるなど、混乱も起きている。

   この事件について、米国内での受け止め方は分かれる。

   「警官に抵抗し、武器を奪って逃げなければ、こんなことにはならなかった。これが白人だったとしても、同じことが起きるはず。警官の行為が不服なら、法廷で戦えばいい。あれだけ警官に抵抗する人間をあのまま逃して、市民に危害を加えることも考えられる」と警察を擁護する声がある。

   こうした意見に対して、「これがまさに『制度的人種差別(systemic racism)』だ」と主張する声も強い。

「黒人はずっと、犯罪者に仕立て上げられてきた。黒人には警察に対する恐怖心が、植え付けられている。飲酒反応が出ただけで、なぜ逮捕されるのか。ブルックスさんは運転中だったわけでも、銃を所持していたわけでもない」
「警官は、逃げるブルックスさんを背後から3発も撃っているのだから、身の危険を感じて取った行動ではない。逃さないためなら、テーザー銃を使えばよかった」

   ブルックスさんがテーザー銃を奪ったことについては、「テーザー銃でも死に至ることはある。もし奪われたテーザー銃で警官が撃たれたら、身動きできずに拳銃を奪われたかもしれない」、「テーザー銃は撃つたびにリチャージする必要があるのだから、ブルックスさんが発砲したあとは危害を与えるはずがないことを、警官はわかっていたはず」など、意見が分かれる。

事件翌日に辞任した女性警察本部長

   事件翌日の6月13日、アトランタのエリカ・シールズ警察本部長(白人で女性)が辞任した。シールズ氏は次のような声明を出した。

「20年以上にわたって、素晴らしい男性女性とともにアトランタ警察に勤めてきました。この市と警察への深く変わらぬ愛から、警察本部長を辞任することを自ら申し出ました。警察と、警察が支えるコミュニティとの間に信頼関係を築くために、これから警察と市長に全面的に協力していきます」

   デモ抗議に対する警官による催涙ガス使用や暴行などでも、「警察の体質を見逃してきた」とシールズ氏は批判を受け、辞任を求める声が上がっていた。

   しかしその一方でシールズ氏は、警官にボディカメラの常時着用を義務付けるなど、警察改革に積極的に取り組んできたことでも知られる。

   黒人差別に対する抗議デモでは、シールズ氏が人々の中に入ってひとりひとりの声に真摯に耳を傾け、動揺する女性の肩に触れるなど、信頼を築こうとする姿に辞職を惜しむ声も強い。

   今回の事件で銃を撃ったロルフ警官は免職、ブロズナン警官は休職処分となった。

市長「警官の士気は10分の1以下に下がっている」

   6月17日、地元軍検察はロルフ元警官を、重罪謀殺などの容疑で訴追したと発表した。最高で死刑、あるいは終身刑となる可能性もある。今回の起訴は、警察の実力行使にまつわる事件としては異例の早さだという。

   検察は「ブルックスさんが武器を所持しておらず、テーザー銃は使用後すでに威力を失ったことを元警官は知っており、命が脅かされる危険はなかった」と指摘している。

   ブロズナン元警官も、倒れたブルックスさんを蹴ったとし、加重暴行などの容疑で訴追された。ブルックスさんは撃たれた後、2分12秒もの間、救命措置を取らずに放っておかれた、ともされている。

   2人の起訴が発表されたこの日、CNNは、市警の管轄する6区域のうちの半分で、警官が通報に対応しておらず、警官が次々と病欠を申し出ていることが明らかになった、と報道している。

   CNNの取材に対しアトランタのケイシャ・ボトムズ市長は、「警官の士気は10分の1以下に下がっている。いろいろなことが起きていて、率直に言うとその矛先が警官に向けられている」とし、「市は大幅昇給などを通して警官らとの約束を守ってきた。警官になった時の決意を忘れず、地域社会への約束を守ってほしい」と訴えた。

   警官らは、「士気が大いに削がれた。市の職員たちにも見捨てられた思いだ」と語っている。

   他のメディアも、アトランタの警官らの怒りや不安の声を取り上げている。

   ネットでは、「ついにボイコットか」、「無責任だ」などという声が上がっている。トランプ大統領は今回の事件について、「警官は正当な扱いを受けていない。警官に抵抗してはいけない。恐ろしい対立に陥り、あんな結末になる。ひどいことだ」と話した。その一方で、警察改革の必要性も認めた。

   16日には、警察改革の大統領令に署名した。しかし、ミネアポリスで白人警官が行ったような、容疑者を拘束するための首絞めを原則的に禁止するなど、限定的で不十分な内容だと非難が高まり、各地で抗議デモが続いている。

   そして、前回、2度にわたってこの連載で取り上げた、米西部ワシントン州シアトルを占拠して設置された「警察のいない自治区」は、今も続いている。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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