外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(8)世界一の感染国アメリカはどこへ向かうのか

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沢村亙さんに聞いた「トランプ戦略」の行方

   藤原さんに話を聞いた同じ6月4日、朝日新聞アメリカ総局長の沢村亙さんにZOOMでインタビューをした。沢村さんはニューヨーク支局員を始め、パリ駐在をはさんで2度ロンドンに赴任し、海外在住は15年に近い。半年ほど北京に滞在したこともあり、朝日新聞きっての国際報道のベテランだ。 今回のフロイド事件について、沢村さんはまず、類似の事件がこれ以前に頻発していることに注意を向ける。

   今年2月、ジョージア州ではジョギング中の黒人アフマド・アーベリーさん(25)が、元白人警官親子に銃殺されて死亡する事件が起きたが、親子の訴追は遅れに遅れた。3月にはケンタッキー州で、救急救命士の26歳の黒人女性が就寝中、住所を間違えた薬物捜査中の警官に8回発砲され射殺された。フロイド事件以前から、こうした非武装の黒人に対する攻撃が相次ぎ、「Black Lives Matter(黒人の命が大事)」という標語が使われていた。

   今回のフロイド事件の特徴は、その殺害の一部始終がスマホに録画され、SNSで一気に拡散し、その後もデモに対する警察の過剰な取り締まりなどの映像が、次々に共有されていったことだ。そう沢村さんはいう。

「今回のフロイドさん事件は、コロナ禍とは直接かかわりない。しかし、格差や貧困などがコロナ禍によって可視化され、だれの目にも明らかになったところに、今回の事件が起きた。それが決定的だった」

   アメリカの歴代大統領には、息子のブッシュ元大統領でさえ、違う立場の有権者にアウトリーチし、理解を得ようという姿勢があった。しかし、トランプ大統領は、自らの支持基盤さえ喜べば、たとえ異なる意見の有権者の反感を買ってでも、あえてそうした言動をとる。その方が、コア支持層の「忠誠心」を高めると判断しているからだ。沢村さんは、そう指摘する。

   なぜトランプ大統領の言動がこれほど顰蹙を買い、世論の逆風にあっても、コア支持層の立場は揺るぎないのか。そうした私の筆問に、沢村さんは二つの点を挙げた。

   今回トランプ大統領は、1月30日に中国全土への渡航中止を勧告し、2月2日に過去2週間の中国滞在者の入国を拒否して以来、3月11日に欧州からの渡航停止を宣言するまで何もせず、その「空白の1か月」に、コロナ禍が広がるのを放置した。もともと、新型コロナに対する危機意識が希薄だっただけでなく、エビデンスやファクトをベースにした政策アプローチを軽視してきたからだ。本来なら、最悪の結果を招いたこうした無策に対し、厳しい責任追及があってしかるべきだ。

   だが、コア支持層に、そうした批判の声は届かない。その理由として、沢村さんが第一に挙げるのは、「情報の分断」だ。「支持者は、トランプ政権を支持するケーブル放送やラジオしか見聞きしていない。中西部にはネットもつながらない地域もあるが、高速ネットがなくても、携帯のメッセージ・サービスで、トランプ大統領のツイッターだけは受け取れる。新聞も広告収入が急激に落ち込み、NYタイムズ、ワシントン・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナル以外はすべて「負け組」になった。日本にまで伝えられるトランプ批判の声は、米国内のコア支持層には届いていないのが現状だという。

   もう一つ、沢村さんが挙げるのは、これまでのアメリカを形造ってきた価値観や生活様式が崩れつつあることに対する白人中高年層の「不安」だ。「再び偉大なアメリカを取り戻そう」というトランプ大統領の呼びかけは、彼らの耳に心地よく響き、白人中流階層が没落した「オバマ時代」には戻りたくない、という不安を払ってくれる。

   かつて弱者の味方だった民主党は、今や彼らの目には、気取った富裕リベラルを皮肉る「リムジン・リベラル」や「リベラル・エリート」という形容、つまり庶民の苦しみをよそに、上からリベラルを説く連中にしか見えない、という指摘だ。

   共和党が、こうした「忘れ去られた声」を結集するトランプ氏に支持を一本化したのに対し、前回の大統領選で民主党は、ヒラリー候補とサンダース候補に支持が分散し、政党としてのダイナミズムを失った。つまり、マイノリティーや貧困層の政党なのか、労働者の政党なのか、リベラルの政党なのか、アイデンティティを見失ったというのだ。

   もちろん、トランプ大統領一期の施政で、共和党内も混乱している。だが、全体から見て少数であっても、コア支持層をまとめあげれば再選できる、という目算が、トランプ陣営にはある、というのだ。こうして、共和党内の良識派を追放し、自らに楯突く側近を次々に辞めさせても、なお支持基盤は固いという、よそ眼には不思議な現象が成り立っている、というのが沢村さんの見立てだ。

   だが、今回のコロナ禍は、そうした「トランプ現象」を変えるのか。予断を許さないが、いくつか変化の兆しはある、と沢村さんは見る。一つは自分に対する忠誠度で有権者を判断し、コア支持層以外を無視するトランプ流のパフォーマンスが、今回のコロナ禍の過酷な現実を前に、虚飾が剥がれ落ちてしまったことだ。医療格差はマイノリティーだけでなく、トランプ支持層の多いかつての製造業が盛んだった「ラスト・ベルト」の白人層にも容赦なく襲いかかっている。国内外に「敵」を作り、それを叩くことによって、コア支持層の忠誠心を高めるという手法に、そろそろ有権者も気づきつつあるのかもしれない。

   沢村さんはインタビューの後、米新興メディアAXIOSが報じるデータを送ってくださった。それによると、5月26日~6月2日の州別コロナ感染データで、東海岸では感染者数が収まりつつあるものの、西海岸と南部で増加傾向にある。西海岸の増加は、検査数の増加によるものと見られるが、南部の感染拡大は、それでは説明しきれない。テキサス州では感染者数が51%増に達し、検査数増加の36%増を上回るからだ。

   ここ20年ほど、米国では東西海岸を民主党、中西部や南部を共和党が固め、オハイオやフロリダなどの「スイング・ステート(激戦州)」が民主・共和のいずれを支持するかによって、勝敗の行方を変えてきた。今回のコロナ禍では、まず両海岸の大都市に感染が拡大し、トランプ政権の支持基盤にはあまり響かないという皮肉な現象が起き、大統領は早期の経済活動再開に前のめりになった。しかし、もし今後、コロナ禍が中西部や南部にまで拡大すれば、そうした地域では変化が起きるかもしれない。今後、目を離せない問題だろうと思う。

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