コロナ禍が浮き彫りにした分断線と「差別への覚醒」
コロナ禍はアメリカに、死者約11万人という世界最悪の災厄をもたらしただけでなく、その深い分断線をも浮き彫りにした。アメリカ世論調査学会に加盟する民間調査機関APMが5月27日に発表した調査によると、首都ワシントンと40州から得られた8万8000人の死者の内訳の分析の結果、黒人の致死率は白人の2.4倍、アジア系、ヒスパニック系の2.2倍だった。これは1850人に1人の黒人、4000人に一人のヒスパニック、4200人に1人のアジア系、4400人に1人の白人の命が奪われたことを意味する。黒人は全人口平均の13%を占めるが、死者における比率は25%。明らかに人口比よりも致死率が高い結果になった。さらにネイティブ・アメリカンはニューメキシコで白人の8倍、アリゾナ州で白人の5倍が亡くなるという結果になった。
またCNBC放送は5月29日、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)が同月20日時点で分析した黒人の死者に占める割合が「23%に近い」と報道。人口比率14%のミシガン州で死者の39%、人口33%のルイジアナ州で死者の54%を占めることなどを挙げ、「糖尿病や高血圧、喘息などの基礎疾患の高さ」に加え、低所得層が多いため医療アクセスが不十分な点、さらには外出制限のもとでも働きに出なければならない現業職種に多く就いていることを指摘した。そのうえで、「今回のコロナウイルスは、黒人と白人の医療格差がいかに受け入れがたいかを明るみに出した」という、トランプ政権の新型コロナ対策タスクフォースの中心メンバーである免疫学者、アンソニー・ファウチ博士が4月に述べたコメントを引用した。
藤原さんは、常態化していたこうした人種による格差の構造が、コロナ禍によって一気にあぶりだされていたころに、フロイド事件が起こり、今回の動きにつながった、と見る。
トランプ大統領は今回のコロナ禍で、当初は中国からの渡航者を止める以外、ほとんど対応策を取らず、「インフルエンザと同じで、いずれ収まる」と放言し、感染拡大防止策は各州知事に任せた。 コロナ禍が猛威を振るったのは米東西海岸が中心で、そこは以前から民主党の基盤だ。共和党が基盤とする中西部や南部では、比較的感染の広がりは緩やかにとどまった。
だがロックダウンで家にこもり、テレワークに切り替えられるのは、ミドルクラスより上の階層だ。月給ではなく週給、あるいは日給で暮らす人々は、生き延びるためにはレジや清掃、ゴミ収集などの仕事を続けざるを得ない。膨大な失業者が生まれ、経済格差はさらに拡大した。ちょうど感染拡大のピークが過ぎ、大学も休みで、人々は集まりに参加しやすい状態にもあった。
普段なら、暴力や略奪に向かう反差別の怒りが、こうした格差そのものを是正する平和的な活動に向けば、その影響は、2011年に起きた「オキュパイ・ウォールストリート」運動とは質の異なる、全米的なものになるだろう。藤原さんは言う。
「コロナ禍は、極端にいえば、働かなければ生きていけないマイノリティーに過酷な犠牲を強いた。トランプ氏は、自分の底堅いコアの支持層4割を守れば、再選できるという戦略で、分断を煽っても平気、という立場だ。
その分断政策に抵抗して、今回の事件を機に、アメリカの国民が平和的に分断を克服できるか、まさに分水嶺だといえるだろう」
かつての米大統領は、国内の分断に対しては党派を超えた協力を、国外に対しては国際協調を訴えるのが普通だった。だが、コア支持層さえ固められれば、国際協調の足並みが乱れても平気、という立場を取る点で、トランプ政権は異色だ、と藤原さんは指摘する。トランプ氏は新型コロナウイルスを「武漢発」として責任を転嫁し、米中の覇権争いの激化には「新冷戦」という言葉も使われるまでになった。だが藤原さんはこれには懐疑的だ。
「冷戦構造は、1950年に始まる朝鮮戦争以後に生まれた。米国は欧州では英仏、ベネルクス3国と協調し、アジアでは日本、韓国、フィリピンと同盟を結んでソ連や衛星国の同盟に対抗した。いわば、安定した同盟国同士が向き合うのが、かつての冷戦といえる。米中の対立が激化しているのは間違いないが、今のアメリカはNATOや同盟国の韓国にも経費の負担増を求めるなど、必ずしも安定していない。もし今の状況を表現するなら、朝鮮戦争以前の東西対立に近い」
だが、それは必ずしも朗報とはいえない。安定した「冷戦構造」下では、東西陣営に、全面戦争へのエスカレートに歯止めをかけるメカニズムが働いていた。紛争は世界各地の「代理戦争」や、ベトナム、アフガニスタンなどの「局地戦」として続いた。だが、「冷戦以前」の不安定な情勢では、むしろ偶発的な紛争が大規模戦争につながる恐れがある。藤原さんはそう警告する。