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国際政治学者・藤原帰一さんの見立て

   私が、東大未来ビジョン研究センター長で、国際政治学者の藤原帰一さんにZOOMでインタビューをしたのは、こうした反差別の抗議デモが全米に広がり、おおきなうねりとなって吹き荒れていた6月4日のことだった。

   事態を注視してきた藤原さんは、開口一番、「憂慮している。だがわずかの希望がある」と話した。これまでにも、白人警官らが、アフリカ系アメリカ人に、正当化できない暴力をふるい、不満や怒りが暴動にまで発展することは、よくあった。歴史に残る67年のデトロイト暴動、92年のロサンゼルス暴動といった大規模暴動もそうだが、オバマ政権の時にすら、小規模な抗議や暴動は繰り返し起きていた。だが、今回の場合、従来の暴動とは違う点が二つある、と藤原さんは指摘する。

   第一は、参加者の広がりだ。もちろん、今回もミネアポリスやニューヨークで放火や略奪はあったが、全米各地のデモを見ると、参加者には黒人だけでなく、白人やアジア系、ヒスパニックなど、さまざまなバックグラウンドの人々が目立つ。全米への広がりのスピードや、規模の持続という点でも、空前の動きだ。

   第二の特徴は、デモのさなかに参加者の中から、暴力に対して暴力で応え、略奪や放火に先鋭化することを押しとどめ、市民的不服従に収れんさせようとする動きが出ていることだ。

   その典型的なシーンが、6月1日のホワイトハウス前のトランプ大統領の演説だった、と藤原さんはいう。トランプ氏は、ホワイトハウス前のデモを力で排除し、「法と秩序」の重視を鮮明にし、近くの教会まで歩いて聖書を手に写真撮影に応じるパフォーマンスまでして見せた。

   もし、群衆が暴徒化し、市民生活を脅かしているなら、「法と秩序」のアピールは、暴力に不安を抱く白人らに一定の効果があるだろう。だが抗議する民衆の中から、暴力を自制し、この動きを市民的不服従の動きに変えようと手探りする動きが出つつある、と藤原さんは指摘する。その象徴が、片膝を立て、片膝を地面につける「差別への抗議」のポーズだ。

   この立膝のポーズは2016年夏、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の試合でサンフランシスコ・フォーティ・ナイナーズのコリン・キャパニック選手らが、試合前の国歌演奏時に片膝を立てて起立せず、アフリカ系市民に対する警察の暴力に抗議したことに由来するといわれる。

   キャパニック選手はチームを追放されたが、大手スポーツのナイキは2018年、新製品発売のキャンペーンにキャパニック選手を起用し、大きな話題を集めた。コピーは「Just Do It」。「ただ、やるだけだ」とでも訳せるだろうか。続くのは「何かを信じよう。すべてを犠牲にするとしても」という言葉だった。

   今回は集会やデモの群衆の中で、この立膝をつき、他の参加者に自制を促す人々が次々に現れた。取り締まりにあたる警官や州兵の中にも、立膝をつき、差別反対への共感を示すポーズをとる人が相次いだ。AFP通信は6月4日、立膝をつく警官らの写真10枚を配信し、その様子を伝えている。

   抗議デモの広がりを後押しするかのように、ナイキはSNSを通して「For Once Don't Do it」(今度だけは、許すな)というキャンペーンを始めた。言うまでもなく、2年前のキャパニック・キャンペーンのもじりだ。黒字の画面に白抜きで現われる文字は、次のメッセージだ。

「アメリカに問題がないふりをするな レイシズムに背を向けるな 無垢の命が我々から奪われるのを許すな もう言い訳するな 関係ないと思うな 座視して沈黙するな この変化から無縁でいられると思うな 変化に加わろう」

   ライバル企業のアディダスは、すぐにこのメッセージに賛同してシェアした。こうした抗議への高まりを受けてNFLのロジャー・グッデル・コミッショナーは6月5日、ツイッターで、「私たちNFLは、人種差別と黒人への抑圧を非難する。これまで選手たちの声に耳を傾けていなかったのは過ちだと認める」と謝罪した。

   この抗議のポーズの広がりで思い出すのは、1968年のメキシコシティ五輪で、米国の黒人選手が始めた「ブラックパワー・サリュート」である。200メートル走で1位と3位になった米国の黒人選手は表彰台で黒い手袋をはめた拳を空に突き上げ、差別への抗議を示し、2位のオーストラリア選手も賛同のバッジをつけた。IOCは二人を米チームから除名し、選手村から追放したが、このポーズはその後長く、人種差別に抗議するポーズとして定着した。

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