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ジョンソン氏は「英国最後の首相」?

   話は遡るが昨夏、ジョンソン氏が首相に就任した日に、私はロンドンに滞在していた。その夜のBBCの緊急討論会で、出席したメディア関係者の1人が、「ジョンソン氏は英国最後の首相になるかもしれない」と発言したことが強い印象として残った。彼がEU離脱を実現すれば、英国は分裂の危機に向かうかもしれない、という懸念の言葉だ。

   よく知られるように、英国の正式な国名は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」という。「グレートブリテン」は、18世紀初頭、ウェールズを含むイングランドと、北にあるスコットランドが合同してできた王国を指す。つまり、今の英国は、もともと別の「カントリー」だったスコットランド、イングランド、ウェールズ、北アイルランドが同じ君主のもとに一つになった連合王国なのである。その経緯から、世界最古の英サッカー協会は、四つの地域の独立した協会から成っており、あとにできたワールド・カップでも四チームに参加が認められた。

   ジョンソン氏が「英国最後の首相になるかもしれない」という発言は、EU離脱問題の根幹に北アイルランド問題があり、さらにはスコットランドの分離独立運動を引き起こしかねない、という深い危機感から発せられた言葉だろう。

   メイ前首相がEUとまとめた離脱協定案で、焦点になったのは北アイルランドの国境管理の問題だった。アイルランドは独立戦争を経て1922年に英連邦内の自治領になり、38年に英連邦内の共和国として独立。49年には英連邦を離れて完全な共和制に移行した。だが、カトリック色の強いアイルランド島の中で、プロテスタント系が多い北部州は、英国内に留まり、今に至る。北アイルランドでは、多数派プロテスタント系と、少数派のカトリック系住民が対立し、武力紛争やテロで約3千人の犠牲を出した。

   英国がEUを離脱すれば、EU加盟国のアイルランドとの間に横たわる国境が復活し、通関や往来に面倒な手間がかかる。

   メイ前首相は、EUとの話し合いのなかで、この国境管理の問題が解決しない場合、英国がEUの関税ルールに留まるという「非常措置」を設けた。これが、保守党内の離脱強硬派の怒りを買い、議会での否決に繋がった。議論は「実利」や「打算」の次元を超え、英国という国家の「面子」をめぐる感情論に変質した。もともと「EU懐疑派」の根底には、国家を超えるEUに加入したことで、関税自主権を奪われ、移民の流入を許してしまった、というナショナリズムが流れている。これは加盟国のいずれにも、大なり小なり潜む感情だが、シリア内戦による欧州への大量移民の流入やテロの頻発で、もともと大陸とは距離を置く英国では、その感情が増幅された。

   さらに北アイルランドと同じく、スコットランドでも、EU残留派が多数を占める。スコットランドでは2014年9月に、独立を問う住民投票が行われ、この時には55%が「反対」に票を投じた。一時は沈静化するかに見えたこの独立運動は、英国のEU離脱によって活発化しつつあるように見える。今後独立したうえで、EUに残留しようという動きだ。ジョンソン氏が「英国最後の首相になるかもしれない」という発言を、あながち「杞憂」と片付けることができない理由だ。

   ジョンソン首相は、懸案の北アイルランドを他の地域から切り離し、EUの規制や関税を適用するという「特別扱い」をすることでEUとの交渉に合意し、離脱に漕ぎつけた。だが火種はくすぶり、スコットランドでもまだ分離の動きが続いている。

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