外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(7)
英国はなぜ失敗したのか

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インフルエンザ重視の対策プラン

   ガーディアン紙の取材に対し、SAGEのメンバーで「SPI-M」チームを率いたロンドン大学衛生熱帯医学大学院のグラハム・メドレー教授は、「政府が事前に準備した計画モデルは、季節性インフルエンザに比重を置いていた」と語っている。季節性インフルエンザなら急速に感染が拡大しても重症化することは少なく、集団免疫ができれば感染は収まる。だが新型コロナは違う。急速に感染するのは同じだが、高齢者や基礎疾患を抱えた人が感染すれば、犠牲者は急増する。

   英国が当初、「集団免疫」路線をとったように見えることについて、政府は公式にはこれを繰り返し否定している。しかし、バランス首席科学顧問は3月13日、BBCラジオなどに出て、集団免疫を思わせる発言をしている。バランス氏は、「我々の目標はウイルスを完全に抑圧することでなく、感染ピークを減らし、穏やかにすることだ。多数の軽症者が出れば、ある種の集団免疫ができて、感染は減る。その間、新型コロナに最も脆弱な人々を守る。こうしたことが、我々がすべきことだ」と語り、スカイニューズの質問に対して、集団免疫ができる割合については「60%ぐらいだろう」と具体的な数値を挙げている。

   政府が強硬な対策を取らなかった3月にはチェルトナム障害競馬フェスティバルや、サッカーのリバプール対アトラティコ・マドリード戦、ロックバンド「ステレオフォニックス」によるカーディフ公演など、各地でメガイベントが普段通りに開かれていた。

   3月11日、世界保健機関(WHO)は新型コロナの感染拡大が「世界的流行」を意味する「パンデミック」だと認定した。ジョンソン首相は翌12日、ライブの会見でこう呼びかけた。「これまで、できることをやってきたし、時間を稼ぐこともできた。この新型コロナは季節性インフルエンザと異なり、私たちは免疫を持っておらず、厄介だ。正直に言います。今後多くの家族が、その寿命より前に、愛する人々を失うでしょう」。

   だが、続けて首相が語ったのは、第一段階の「封じ込め」から第二段階の「遅延」への移行だった。NHSに大きな負担がかかるピーク時に、リスクの高い人々をウイルスから守るよう、「症状のある人々」に1週間の自宅待機を求める内容だった。

   続いて発言したバランス首席科学顧問、ホイッティ首席医務官は、この「遅延」戦略について、「今は流行の初期段階にある」として、「流行のピークを遅らせ、NHSの負担が減少する夏にピークを持っていく」という方針を示した。さらに、「すべての人を感染から守ることは不可能だし、望ましくもない。なぜなら集団としての免疫を獲得できないからです」と述べ、マイルドな規制によって、集団免疫を得る路線を示唆した。そして、今後取るべき施策として(1)症状ある人の自宅待機(2)症状のある人がいる世帯の自宅待機(3)高齢者や基礎疾患のある人の自宅待機をあげ、今は(1)の段階にとどめると述べた。現段階で強固な政策を取らない理由は、「早すぎる介入はみんなを疲れさせ、効果が最も望まれる時期に、その効果が減少してしまう」からだという。

   このあまりに遅い対応に、議論が巻き起こった。その夜、ジェレミー・ハント元保健相がBBCの取材に応じ、感染防止に強い対策を講じないホイッティ医務官らの態度に懸念を表明した。「60%近い国民が感染するまで何もできないと、なぜ彼らが確信しているのか、私には理解できない。感染爆発が起きた武漢ですら、実際の感染者は1%以下だというのに」。

   こうした批判に対し、マット・ハンコック保健相が直ちに火消しに走った。保健相は、3月15日付英紙サンデー・テレグラフ紙に寄稿し、次のように書いた。

「政府の計画は世界をリードする科学者たちの知見をもとに作られており、『集団免疫』はその計画には入っていない。それは科学的なコンセプトであり、我々の目標でも戦略でもない」

   保健相が火消しに回ったのは、すでに「集団免疫」路線に厳しい批判が起きていたからだ。前日の14日には、英国の科学者500人以上が署名した公開書簡が発表になった。それは「集団免疫」は「実行可能」なオプションではないとしたうえで、数千人の命を救うため、社会的距離を取る厳格な措置を政府に求めた。

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