科学者集団と鈍い政府の反応
新型コロナについて、内閣の「コブラ委員会」に助言をしていたのは、「SAGE」と呼ばれる緊急時科学諮問委員会だった。実は、「コブラ委員会」も「SAGE」も構成員や内容は秘密にされているが、4月24日付同紙電子版は、「SAGE」の23人の出席者を報道した(ちなみに、その後英政府は、SAGEメンバーを公表し、今は官邸サイトで議事要録も公開している)。それによると、委員長はパトリック・バランス博士。2年前から、政府首席科学顧問として、科学・技術分野で首相に助言をする立場にあった。それ以外に、インペリアル・カレッジ・ロンドンで新型コロナの対策チームを率いるニール・ファーガソン教授ら科学者が20人。そして、首相官邸からはドミニク・カミングス首席特別補佐官、データ科学を担当するベン・ウォーナー氏がメンバーになっていた。
ここで注意すべきなのは、科学諮問委員会といいながら、その場に、ジョンソン首相の代理というべきカミングス補佐官がいたことだ。科学的知見が政治化されたり、首相の肝いりで諮問内容が誘導されたりする可能性があったというべきだろう。
ガーディアン紙や、5月24日付の英紙サンデー・タイムズの「国民数千人の命を奪った狼狽と遅れの22日間」というインサイドストーリーによると、経過は次の通りだ。
「SAGE」に対しては、3つの研究班が独自のレポートを送り、助言をしてきた。新型コロナに特化した専門集団「Nervtag」と、感染モデルを明らかにする「SPI-M」、それに行動科学や心理学で人々の反応や対応を分析する「SPI-B」だ。
感染確認がまだ20人だった3月2日、「SPI-M」チームは「SAGE」に驚くべきレポートを送った。それによると、感染は1人から2~3人以上に広がり、特別の措置を取らなければ国民の8割が感染する。致死率を0・5%~1%と見積もれば、死者は25万人~50万人にも及ぶという予測だった。
だが政府の反応は鈍かった。3日午後、ジョンソン首相は、バランス首席科学顧問、クリス・ホイッティ首席医務官と共に、新型コロナに関する初のテレビ演説に臨んだ。
ホイッティ首席医務官は、最悪シナリオとして国民の80%が感染し、1%が亡くなる可能性について言及した。だがジョンソン首相は、「世界をリードする科学専門家の助言」に基づく「行動計画」を発表し、「我々には素晴らしいNHS(国民保健サービス)があり、素晴らしい検査、感染監視システムがあることを忘れずにいよう」と説き、「わが国は準備万端だ」と断言した。国民には「ハッピー・バースデーの歌を二回歌いながら、石鹸とお湯で手を洗おう」と呼びかけたが、「先日の夜、新型コロナ感染者がいると思われる病院に行ったが、私は全員と握手をした」とも語った。「いつものように仕事をしよう」というなど、むしろ科学者たちの助言に背くような言動だった。
その後の2週間、イタリア、スペイン、フランスが次々とロックダウンの強硬措置に転じる中でも、ジョンソン首相は手洗い励行を呼びかけながら、自分は公衆の前で人と握手することをやめなかった。