「お姉ちゃんが死んじゃったじゃないの! あんたたちプロテスター(デモ参加者)のせいよ! あんたたちの誰かが、私のお姉ちゃんを射殺したのよ! 警官への腹いせだからって、ほかの人たちを傷つけていいのか!」
"My sister is gone! Because one of you! A protester shot my sister!....You're so mad at the police! You're hurting everyone else!"
自分の部屋で撮影されたものだろうか。ブラインドを下ろした窓を背景に、カメラの前で若い女性が泣き叫んでいる。この女性の姉は、白人警官に黒人男性が殺された事件の抗議デモに、アイオワ州の町で参加していた。
米中西部ミネソタ州ミネアポリスで2020年5月25日、黒人男性ジョージ・フロイドさんが白人警官にひざで首を押さえつけられ死亡した事件を受けて、全米で抗議デモが行われるなか、デモに便乗し、あちこちで銃撃、略奪、放火、破壊行為などが起きた。
(編集部注 前回の連載=2020年5月30日公開=で次回は「オバマゲート」の続編とお知らせしましたが、急きょ予定を変更し、この問題を取り上げます)
「燃えるものを探せ」ネットに出回る若者の動画
自分の店を暴動で破壊された黒人女性が、こう叫んでいる動画がある。
「Black Lives Matter(黒人の命も大切)なんだろ! 私の首を締めな。黒人だよ! このうそつきが! カネがほしかったんだろ。仕事を見つけな、私みたいに! 盗みをやめろ!」
こうした暴力的な行為に対して、ニューヨークでデモに参加したイヴォン(30代)は、怒りをぶつける。
「殺されたジョージに対する冒涜。私たちの平和なデモを乗っ取った。彼らの目的は、追悼でも人種差別に対して声を上げることでもない。ただの腹いせよ。汗を流して働き、平和を望むアメリカ人を、攻撃する行為は許せない」
昼間の「抗議デモ」でも、警官とデモ隊の小競り合いは起きている。ニューヨークの現場で対応していた警官によれば、「ペットボトルを投げつけたり、飛びかかってきたりして警官をあおり、やむなくアクションを起こさざるを得ないこともある」という。
逆に、一方的に警官から突き倒されるなど、暴力を振るわれるケースもある。
とはいえ、日中はおおむね平和に抗議デモが行われてきた。しかし、夜になるとどこからともなく集まってきた若者たちが、店のフロントガラスを割って略奪し、パトカーや商店に火をつけた。
複数の都市で路上にレンガが山と積まれ、それを使って建物を破壊したり、人に投げつけたりしたとの報告もある。ネットで出回っている動画には、「燃えるものを探せ」と指示する若者の姿が映し出されている。
「軍派遣発言」への反発と意外な支持
一連の抗議デモや暴動で、全米で少なくとも17人の命が奪われ、そのうちのほとんどが銃撃による(6月2日現在)。少なくとも3人は、警官によって殺された。セントルイスでは警部が略奪者によって射殺され、ラスベガスでも警官が銃で撃たれた。
各自治体の外出禁止令に違反した疑いなどで逮捕された人数は、累計1万人に迫った。各地の治安当局が警察や州兵を大規模に動員したため、略奪や破壊行為などは沈静化しつつある。
トランプ大統領は、「アンティファ(ANTIFA=左派から極左の反ファシズム運動で、トランプ氏の支持者と対立)」が暴動をあおっていると主張するが、FBI(米連邦捜査局)は「根拠がない」と否定、ロイター通信は「特定の政治的勢力による煽動は一部で、大半は騒ぎに便乗した一般市民によるもの」と報じた。
一方、ツイッター社は、「アンティファ」になりすました白人至上主義団体が、暴力を扇動していたとし、そのアカウントを閉鎖したという。
「略奪や放火は抗議デモとは別物なのに、一緒くたにされている」と感じている人は多い。日本のマスコミでも、「抗議デモが暴徒化」、「デモ以外の方法で抗議を」などと報道されている。
こうした状況のなか、トランプ大統領は6月1日、「市や州が、住民の命や財産を守るために必要な行動を取らないなら、私が軍を派遣し、問題を直ちに解決する」と話した。 これに対して米国内では、「トランプは自国民に戦いを挑むのか」、「トランプ氏は威圧して、国を分断しようとしている」といった批判の声があがった。
フロリダ州に住む私の知り合いのロバート(60代)は、妻とともにトランプ氏を支持し続けてきた。彼の息子は元米海兵隊員だったこともあり、軍派遣を支持すると思ったが、意外な答えが返ってきた。
「トランプは、暴力から市民を守りたいという思いから、そう語ったのだろう。でも、よほどのことが起きない限り、ああ言うべきではなかったかもしれない。暴動を起こすのはごく一部の人間で、大半の人たちは黒人男性の死に抗議し、デモに参加している。そうした人たちが、自分たちに向けて軍を出し、攻撃を仕掛けると思い込んでしまうのではないか」
日本でも、「暴動ではなく、抗議デモそのものを鎮圧するために軍を動員する意向を示した」と受け取れる報道が目立った。
しかし、今回の事件が起きたミネソタ州ミネアポリスに住むアンドルー(70代)は、「自分たちのコミュニティを破壊されるのを手放しで見ているのは、耐えられなかった。その多くは州外からやってきた」と、軍による介入を強く支持した。
トランプ氏のデモ対応を支持する人は33%(ロイター通信)との報道もあるが、警察とともに軍隊の動員を支持する人は58%を占め、民主党支持者の間でも48%にのぼる(ニューズウィーク)との世論調査結果もある。
黒人差別への怒りがコロナで増幅
一方で、トランプ氏は6月3日、「今のところ、軍を派遣する必要はなさそうだ」と話している。
今回の抗議デモに便乗して暴れてやろうと、ゲーム感覚で暴動に加わった人は少なくないだろう。しかし、新型コロナウィルスの感染率や死亡率が、黒人やヒスパニックの間で高く、その影響を強く受けた。感染予防のために、経済的にゆとりのある人たちは自宅待機できた一方で、低所得者のなかには職を失った人も多い。失業、貧困、ロックダウンのストレスなどから、長い歴史のなかで差別され続けてきた人たちの怒りが、白人警官による黒人男性殺害をきっかけに、炸裂したのかもしれない。
皮膚が黒いというだけで偏見の目で見られ、時には犯罪者扱いされる経験を、私の知り合いの黒人のほとんどがしている。そのひとりが言った。
「黒人の犯罪率が高いのは、事実だ。でも、犯罪者に仕立てられることも、重い罪を着せられることも多いんだ。貧しい人も多い。これまで僕たちは戦い続けてきたけれど、何も変わらなかった。略奪や暴力がいけないことは、よくわかっている。でもあれが、社会に対するあいつらのせめてもの抵抗なのかもしれない。そう思ってしまう自分も、いるんだ」
米国では6月4日、「8分46秒間」の黙祷が呼びかけられた。フロイドさんが白人警官に首をひざで押さえ続けられた、長い時間だ。
「私たちが望みや夢をかなえることができなかったのは、首をひざで押さえ続けられていたためだ。私たちの首からひざをどけろ、と告げる時だ」
ミネソタ州ミネアポリスで行われたフロイドさんの追悼式で、こう弔辞が読み上げられた。(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。