新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大で外食などの自粛が続く中、飲食店チェーンを展開するKICHIRI(本社・東京都渋谷区)は居酒屋「KICHIRI新宿店」で、次亜塩素酸水を全身に噴霧する機械を設置することを含むウイルス感染防止策に取り組むと発表した。
この噴霧器について、発表資料には「厚生労働省推奨の次亜塩素酸水を全身に自動噴霧します」という記述があった。ただ、厚生労働省結核感染症課はJ-CASTニュースの取材に対し、次亜塩素酸水について「推奨」していることを否定。KICHIRIを傘下にもつ、きちりホールディングスは取材に対し、「誤りでした」として内容を一部訂正した。
「屋外からのウイルスの侵入を最大限防ぐように」
KICHIRIは2020年5月14日、「新居酒屋様式」としてKICHIRI新宿店でさまざまなウイルス対策を取り入れることをプレスリリースした。ウイルス予防・除菌を手がけるグループ会社のサニタイズ(同)が提供する「じあくぐりん」の導入がその1つだ。
「屋外からのウイルスの侵入を最大限防ぐように人体に優しく高い殺菌力を持つ厚生労働省推奨の次亜塩素酸水を全身に自動噴霧するトンネル『じあくぐりん』をエントランスに配置、ご安心して入店いただきます」(リリースより)
14日のリリース添付資料によると、「じあくぐりん」はウォークスルー型の除菌装置。「屋外からのウイルス侵入を予防する対策として、人体に優しく高い殺菌力を持つ厚生労働省推奨の次亜塩素酸水を全身に自動噴霧します」としている。説明や添付写真を見る限り、次亜塩素酸水は頭の高さにある噴霧器によって左右両側から、顔回りや体に吹きつけられる。同装置の参考価格は98万円(税別)で、次亜塩素酸水の費用は「別途」かかるとしている。
新型コロナウイルス拡大にともなって消毒用アルコールが不足する中、次亜塩素酸水は代替手段になるのか、と注目されている。政府は4月10日決定の国会答弁書で、早稲田夕季衆院議員(立憲民主党)からの質問に対し、「『次亜塩素酸水』については、現時点においては、手指の消毒に活用することについての有効性が確認されていない」と示していた。
ただその後、経済産業省は4月15日、「次亜塩素酸水(電気分解法で生成したもの)」を含む3物質について、新型コロナウイルスに有効な可能性があるとして、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の検討委員会で有効性評価を行うと発表。NITEは5月1日、次亜塩素酸水によってまずインフルエンザウイルスが大きく除去されたという試験結果を発表し、引き続き新型コロナウイルスに対する検証試験を進めるとしていた。
「次亜塩素酸水による消毒は特段推奨していません」
前出のとおり「じあくぐりん」について、「高い殺菌力を持つ厚生労働省推奨の次亜塩素酸水」との説明があったが、厚労省結核感染症課の担当者は5月19日、J-CASTニュースの取材に「新型コロナウイルス予防に関して、次亜塩素酸水による消毒は特段推奨していません」と話し、同省が「推奨」していることを否定した。
「殺菌や消毒の効能効果をうたうには、医薬品医療機器等法(薬機法)上の承認を得る必要があります。次亜塩素酸水については一部商品で承認を得ているものはあると認識していますが、次亜塩素酸水そのものが新型コロナやその他ウイルスに効果効能があることは、承認されているものではありません。厚労省が日常的な消毒としての使用を推奨しているものでもありません。一部病原体について作成している殺菌・消毒に関するマニュアルでも、次亜塩素酸水の効果効能については言及していません」(厚労省担当者)
次亜塩素酸水は厚労省から「食品添加物」として指定されており、野菜や肉の洗浄に用いられている。ただし、ウイルス対策として人の体に直接吹きつけることについては「効能効果は承認されていません」と繰り返す。「じあくぐりん」のように頭から全身に噴霧する方法も、「次亜塩素酸水のそのような使い方は聞いたことがありません」と話した。
ウイルス制御学専門の教授の見解は
「じあくぐりん」は構造上、霧状の次亜塩素酸水を口や鼻から吸引する可能性があるとみられる。吸い込んだ場合に人体への影響はあるのか。東京医科歯科大学大学院の医歯学総合研究科、山岡昇司教授(ウイルス制御学)は19日、取材に対し、「ヒトが次亜塩素酸水を口や鼻から吸引して安全という証拠は示されていないと思います」と見解を示す。次亜塩素酸水そのものについては、次のように述べている。
「次亜塩素酸水は、医療用消毒器(弱酸性)として認可されたものが手指消毒可とされています。家庭向けに販売されているものを手指消毒に用いることができるかどうかは別の問題です。次亜塩素酸水は通常、ドアノブ、器具等の消毒に用いられ、殺菌成分が残留しないことを条件に食品にも用いられます」(山岡教授)
前出NITEの検討委員会による1日付発表では、次亜塩素酸水など検証中の3物質について、使用方法や薬機法との関連で次のように注釈を書いていた。
「新型コロナウイルスにおける今後の検証試験結果を待っての議論となるが、仮に有効性が確認できた物質においても、実際に代替消毒手法として活用するに当たっては安全性や適正な使用法への配慮について、十分に留意する必要がある」
「本委員会で進める有効性評価は新型コロナ対応に係る国民向け広報等での活用を目的としたものであり、『医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律』(薬機法)、『食品衛生法』、その他の関連する法令等における評価を意味するものではない」
会社側「メーカーのほうで、テストをクリア」
KICHIRIとサニタイズを傘下に持つ、きちりホールディングスの平田哲士取締役は20日、取材(申し込みは19日)に対し、「じあくぐりん」に採用している次亜塩素酸水について、
「弊社が供給を受けている次亜塩素酸水のメーカーのほうで、外部の検査機関を通じ、飲み水としての試験や皮膚パッチテストをクリアしており、(吸引しても)問題ないとされています」
と説明した。
一方、「じあくぐりん」について書かれていた「厚生労働省推奨の次亜塩素酸水」という表現については、「誤りでしたので訂正します」と話した。「大手メーカー」での次亜塩素酸水に関する表現を参考にしたが、その「大手メーカー」で書かれていた内容を「取り違えてしまいました」。厚労省が直接発信している内容にもとづいて「推奨」と書いたわけではなかったという。「大手メーカー」がどこかについては「すぐには分からない」とした。
冒頭のリリースのうち「じあくぐりん」に関する内容は20日昼現在、「アルコールなどと比べ皮膚への刺激が少ない厚生労働省よりさまざまな専門分野での使用が認可されている次亜塩素酸水を噴霧するトンネルをくぐっていただく事でより安心を感じていただけることを目的としております」という表記に変わっている。
(J-CASTニュース編集部 青木正典)