「中国には心底失望した。中国との関係を完全に断ち切ることもできる」
2020年5月14日、トランプ米大統領はFOXビジネス・ネットワークのインタビューで、新型コロナウイルスへの対応について中国を厳しく批判し、断交の可能性をも示唆した。
これを米国民は、どのように受け止めたのだろうか。
8万人超の死者に「失ったものが大きすぎる」
トランプ大統領は、「中国は(コロナの流行を)なすがままに任せるべきではなかった」とし、「今は彼(習近平国家主席)と話したくない」と語った。
2020年1月、米中は「第1段階」の通商協定で署名した。
トランプ氏は、「せっかく素晴らしい通商合意を結んだのに、今はそう思えない。協定署名のインクが乾かないうちに、コロナの感染が広がったからだ」とし、協定の再交渉に関心がないと話した。
トランプ氏は、コロナがどこで発生したかということより、中国の対応を重視するとし、「ウイルスの発生源が研究所だろうがコウモリだろうが、中国であることに間違いはない。中国はそれを阻止すべきだったし、できたはずだ」と非難した。
全米で感染拡大が最も大きいニューヨーク市に住むクリスティーン(50代)が、電話取材で次のように私に語った。
「新型コロナで米国は、8万人以上の死者を出した。経済的な打撃も計り知れない。私たちは失ったものが大きすぎる。私はトランプが好きではないけれど、今回初めてトランプの発言に拍手を送った。中国の罪は深すぎる」
これまでずっと民主党支持者だった彼女は、最近、自宅にいる時間が多かったこともあり、コロナ関連で中国がらみの情報をいろいろ読みあさったという。
「民主党やWHO(世界保健機関)が、いかに中国と癒着していたか、これまでほとんど知らなかった。オバマやクリントン、バイデンも同じ。今の大統領が民主党だったら、中国に対してあれだけきっぱりモノを言えないはず」
中国系記者への憎々しげな対応
2016年の大統領選でトランプ氏を支持し、再選を望んでいるというジェフ(30代)は、「僕には中国人の友人が何人もいるし、人種差別主義者ではない。問題は中国人ではなく、あの国家だ」と断ったうえで、こう話す。
「トランプは問題発言も多いけれど、僕ら庶民の気持ちをズバリ、代弁してくれる。中国は一党独裁で、しかも経済大国になって金があるから、情報を隠蔽したり操作したり、とやりたい放題だ。反省や謝罪をするどころか、ウイルスをばら撒いたのは米国だ、などと言い出す始末だ。WHOも中国寄りだから、台湾を完全に無視したよね」
中国は、初期の段階で警告を発した医師の口を封じた。また、世界中からマスクなどの医療物資を大量に買い漁るために、中国がWHOに圧力をかけて「パンデミック宣言」を先送りさせたとの疑惑が、米CIAの調査で浮上している。
新型コロナウイルスはヒトからヒトへ感染すると、台湾が早い段階で警告していたが、WHOは政治的に中国に気を遣い、それを無視したと国際的に批判を浴びた。
ジェフは、2020年5月11日の記者会見での、トランプ氏とCBSニュースの中国系女性記者とのやり取りに触れた。
この記者がトランプ氏に、「コロナウイルスの検査が他国よりはるかに優れていると、あなたは何度も言いましたが、なぜそれが大事なのですか。あなたとっては、国際的な競争なのですか。今も毎日、アメリカ人が亡くなり、感染者も毎日、増え続けているというのに」と質問した。
するとトランプ氏は、「人が亡くなるのは、世界中どこでも起こっていることだ。その質問は『チャアイナア』に聞くべきだ。私に聞くな。チャイナに聞いてくれ。いいかい?」
トランプ氏は、「チャアイナア」と憎々しげに答えた。
記者は、自分がアジア系だとわかるようにだろう、マスクを外し、強い口調で言い返した。
「なぜあなたは、『私』にそう言うんですか。私だからですか」
「誰だから言っているわけじゃない。意地の悪い質問をする人には誰でも、そう言うんだ」
「意地の悪い質問ではありません」
トランプ氏はそのあと、自ら指名した別の女性が質問するのをさえぎり、唐突に記者会見を打ち切ったのだ。
この会見について、ジェフはこう言う。
「トランプのあの態度には、僕もちょっと驚いた。記者がアジア系だったから、ああいう言い方をしたと批判する人は多いけれど、記者が白人であろうとトランプは同じように答えたと思うよ。中国人じゃなくて、中国に対して苦々しく思っているんだ」
2月には中国にマスク支援、大統領選で責任転嫁の指摘
新型コロナはベトナム戦争以上の死者を出し、「9・11」や真珠湾よりひどい攻撃だと表現したトランプ大統領。11月の大統領選を目前に対コロナの戦場と化した米国の全責任を、中国に負わせたいようだ。
今回、彼は本気だ。経済関係の断絶は影響が大きすぎる、と懸念する声も米国内にはある。
だが、トランプ氏は数か月前まで、コロナに対する中国の対応を盛んに褒め称えていた。2月には大量のマスクなど医療物資を中国に送り、支援もしていた。
また、中国に対してはトランプ氏より、与野党ともに議会の方が、強硬姿勢ともいわれる。
今回のトランプ氏の発言に対して、「中国への怒りなんて、見せかけにすぎない。トランプもトランプ一家も、本当は中国がお気に入りだ。イヴァンカの商品は、今も中国で作られているんだろう?」、「米国がこんな惨事になったのは、トランプがコロナ対策に着手するのが遅すぎたからだ。責任転嫁するな」、「大統領選を前に、中国を敵に回して国民の支持を取りつけたいだけだ」といった声もある。
ジョー・バイデン民主党大統領候補について、息子とともに中国での不正なビジネスで巨額の利益をあげた、とトランプ氏は追求してきた。
バイデン候補は、トランプ氏の今回の対中国発言について、「今度はチャイナ・カードですか。ちょっと普通じゃない大統領ですね」と揶揄した。
一方、トランプ氏は、「JOE BIDEN: CHINA'S PUPPET(ジョー・バイデン:中国の操り人形」と選挙キャンペーンを繰り広げている。
「9・11」と真珠湾攻撃に共通して言えるのは、そのあと、米国は戦争に突入している。
軍事攻撃は可能性が低いとしても、中国に対して何らかの報復に出るのか。製造を中国から東南アジアに移す、中国が保有する米国債を無効にする、などの経済措置に踏み切るのか。あるいは単なる脅しなのか。
いずれにしても今、米国民が戦う敵は米国内にいる。
感染者140万人、死者8万5千人というコロナとの国内の戦いに、トランプ氏がリーダーシップを取り、全力を尽くさなければならない。中国は、それからだ。(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。