新型コロナウイルス感染症(COVID-19)予防の需要増により各地で品切れ続きの不織布マスクだったが、このところ小売店で見かけるようになってきている。
日本に流通するマスクの多くは中国製だ。J-CASTニュースが東京と大阪の中国輸入業者に話を聞くと、供給が整ってきた背景として共通する見方が多かった。大きな要因として「マスクを製造する中国工場の増加」をあげ、一方で「品質の低下」を懸念している。インターネット上では、政府が布マスク(いわゆるアベノマスク)を支給しはじめたことで、市場に出回るマスクが増えたのではないかという声もあるが、輸入業者はどう見ているのか。
「品薄状況を解消できるという考え方」
2020年のゴールデンウィーク前後、街角の商店街でもマスクが販売されていると、複数のメディアで報じられた。ツイッター上でもこの4月末から5月頭にかけ、「マスクの店頭在庫が急激に復活してますね」「市場ではもうマスクも普通に手に入る」といった声が散見される。記者も東京都内のスーパーマーケットなど複数の小売店でGW中、マスクが販売されていたのを見かけた。
供給が回復しつつあるとみられる一因に、ツイッター上では4月17日に配布が始まった「アベノマスク」をあげる向きもある。「政府がマスク配ってることもあってか、供給過多で近いうちに値崩れ起きてきてる」「ひょっとするとアベノマスクは国内での使い捨てマスク流通増に効果があったのかも」といった具合だ。
安倍晋三首相も6日、ネット配信サービス「ニコニコ生放送」の番組内で、布マスク配布の効果を次のように語っていた。
「我々がこれ(編注:布マスク配布)を始めた後、パリやシンガポールでもこういう配布をスタートしたと思います。官民連携してマスク生産を増強しています。品薄状況を解消できるという考え方のもとに布マスクを配布させていただきましたが、こういうものを出すと、今まで溜められていた在庫も随分出てまいりました。価格も下がってきたという成果もありましたので、そういう成果はあったのかなと思います」
菅義偉官房長官は8日午前の会見で、使い捨てマスクの需給状況について問われると、「国内での増産の取り組みや、中国をはじめ海外からの輸入量の増加などにより、4月には少なくとも7億枚を超えるマスクが国内に供給されたと考えています。さらに5月には1億枚程度増加する見込みです。最近では従来の大手の小売店舗やメーカーによる供給ルートとは別に、中国から直接マスクを輸入し、個人商店などで販売する動きも広がっていると思います」としたうえで、布マスクについて次のように認識を示した。
「繰り返し利用できる布製マスクも、高齢者施設や介護施設、小中学校、一般家庭にも配布を進めていることや、ご家庭などで自らマスクを手作りする動きが進んでいることから、使い捨てマスクの需要が一定程度抑制されてきている面もあります」
一方で、布マスクは大半の世帯にまだ届いていない。ツイッター上では「アベノマスクがぜんぜん配られないままマスク市場が飽和状態になってきてる」「アベノマスクが手元に届く前に市場のマスク供給が安定し始めるというね」などと書き込むユーザーもいる。厚生労働省のウェブサイトによると5月8日夕現在、布マスク配布が「準備中」または「11日の週から配布開始予定」となっている自治体は、東京都以外の46道府県に及ぶ。
「『安かろう悪かろう』の商品が大量に入ってきて相場が崩れつつある」
一般社団法人日本衛生材料工業連合会の統計によると、18年度に日本に流通したマスク約55億枚のうち、国産は約11億枚、輸入は約44億枚だった。
輸入マスクの約8割は中国産が占めているため、中国での生産や輸出状況が日本の供給に大きく影響する。東京で貿易商社A社に勤め、マスクの中国輸入を手掛ける男性は5月7日、J-CASTニュースの取材に、輸入の現状をこう語る。
「中国側のマスク製造大手企業に関しては中国政府の管轄となっており、未だ輸入は出来ない状況です。変化としては、中小のマスク工場が増産設備を整えたり、今まで他の商品を製造していた工場がマスクの生産に切り替えたりしています。そのような工場で生産されたマスクが日本に入ってきており、供給量は増えたと思います」
価格が下がってきている背景として、単純な増産だけでなく、「『安かろう悪かろう』の商品が大量に入ってきて相場が崩れつつある、というのが感想です」との見方を示す。原因は大きく2点考えられるという。
「1点目が『原材料の不足』です。見た目で分かる部分では、耳もとのゴム紐。コロナウイルスの流行が始まる前は主に耳が痛くなりにくい平ゴムが使用されておりました。今は手が入らないために丸ゴムが主流となっております。
見た目で分からない部分では、不織布フィルターの目の細かさ。当然、細かい物の方が良いのですが手に入らないために、粗い物が使われています。PFE99%やVFE・BFEといった濾過効率についてパッケージに書かれているものが、コロナウイルス流行前は多く並んでいました。それが今では濾過効率について表記されたマスクはあまり見かけません。表記できない基準のフィルターを使用しているからと考えられます。また、表記があったとしても『偽物』が入っているという話も聞きますのでタチが悪いです。
2点目は、今までマスク輸入を手掛けたことのない業者もマスク輸入を始めたこと。知識不足の業者が中国工場に言われるがままの仕様で発注をし、粗悪品を買っているとも考えられます」
マスクの卸を要望する国内の小売店は継続して多く、増えているという。ただ、小売店の傾向が変化。当初は「マスクのスペックが多少悪くて仕入原価が高くても、市場に不足しているから消費者のためにマスクを供給しよう」というマインドだったのが、最近では「仕入原価が高い条件での買付けは見送る」というところが増えたように感じられるという。
「他の商品の製造をストップさせ、マスク製造に切り替えるケースも」
大阪で中国輸入を手がけるB社の男性幹部も8日、取材に応じたが、前出の東京の男性と一致する見方が多かった。中国のマスク生産状況について、「マスクメーカーが非常に増えています」と話す。
「これまで違う不織布製品をつくっていた中国工場が、他の商品の製造をストップさせ、マスク製造に切り替えるケースもあります。今一番売れるからです。それで日本への輸入ルートが増えていると思います」
自治体や小売などの卸先にマスクの営業をすると、「いろんな企業からマスク声がかかっている。値段と納期を比較して決める」と言われるという。男性は、日本でも相当数の輸入業者がマスクを扱っているとみている。
「先に需要を見込んで、在庫を抱えるリスクをとってでも輸入する企業が多くなっているというのが実感です。個人商店などでマスクを販売しているところは、そうした卸業者から仕入れているのではないかと思っています」
B社は客からの受注を受け、中国工場にその分を発注して輸入するため、先に大量の在庫を抱えることはないという。それだけに「ネットを見ると1枚30円といった価格を見ますが、あまりにも安いですよ」と驚愕する。
「よほどまとまった数を一度に中国から仕入れないと付けられない価格です。あるいは、2~3月ごろのマスク特需の時に仕入れたものが売れなくなっていき、『損切り』のような形で叩き売りしはじめたのではないかとも考えられます。もうひとつ可能性があるとすれば、中国でマスクメーカーが増えたので、薄利で多くの工場から注文を取りつけ、利益を積み上げる業者の存在です」
布マスク配布の影響は?
一方で懸念しているのが、粗悪品の流通だ。B社では品質を慎重に見極めて輸入しているといい、逆に品質の差が目立つという。この男性は「マスクの製造をはじめて間もない工場が多いので、品質は度外視されているのが現実と思います」としてこう話す。
「特にメルトブローという不織布は各工場で最も取り合いになっている原材料です。マスクの品質で一番重要なのはフィルターです。ウェブサイトに検査済票を添付しているかどうかは品質担保の1つの判断基準ですが、まったく関係ない規格での検査済票を載せながら『PFE95%以上』などとうたい、品質を良く見せようとする中国工場もあるようですので厄介です。
細かい点ですが、よく見ると左右でゴムの長さが違う商品もあります。ひどい場合は、『3層構造』とうたっているのに、真ん中のフィルターが入っていなくて2層になっていることもあり得ます。切って見てみないと分からないと思います」
B社が取引してきた中国工場では、2月は輸入がほぼストップして見積りも送られてこない工場ばかりだったが、3月下旬ごろから見積りが来るようになり、その後大きく変わったことはない。こうした状況を総合すると、これまでもマスクを作っていた中国工場がここ1か月で増産するようになったわけではなく、これまで製造していなかった中国工場が大量に参入し、その商品が日本に入ってきているとみられるという。男性は「品質は別にして、数量自体はだいぶ出増えてきましたよね」と話している。
もう1つ気になるのは、布マスクが国内のマスク供給に与えた影響だ。マスク配布の効果で流通量や市場価格が落ち着いてきた事実や実感は、マスク輸入を手がける企業にあるのだろうか。前出A社の男性は、
「事実とは異なると思いますし、実感はありません。アベノマスクの効果で価格下落したのではなく、先ほど述べたようなマスク(=『安かろう悪かろう』の商品)が流入している為、価格が下落したと考えています」
との見解。前出B社の男性も、
「実感はないですね全然。布マスク、配られていませんよね。先ほどのとおり、中国のいろんな工場でマスクを生産しているから、供給量が莫大になっているだけだと思います」
と話していた。
(J-CASTニュース編集部 青木正典)