新型コロナウイルス感染症は、日本を代表する論客の命も奪った。外交評論家の岡本行夫氏(享年74)が2020年4月下旬に死去したことが5月8日明らかになった。
岡本さんは、外務省北米1課長も務めた元外交官で、橋本、小泉両政権で首相補佐官を務め、米軍普天間飛行場返還問題やイラク戦をめぐる外交などに尽力。テレビのコメンテーターとしても活躍し、歯切れのよい論調が時にお茶の間で賛否を巻き起こした。
論客としての面ばかり目立つ岡本さんには、意外な一面があった。巨大な魚と老いたダイバーが海の中で交流を深めていくというピュアな小説をウェブ上に発表していたのだ。J-CASTニュース編集部記者は、そのいきさつを知る編集者に話を聞いた。
まるでディズニーのような海のファンタジー
岡本さんの公式サイトをみると、「写真帳」というコーナーがあり、自身が世界中の海を潜って撮った水中写真がたくさん掲載されている。
岡本さんは神奈川県藤沢で育ったため、子どもの頃から素潜りが得意。外務省研修生の頃から本格的にスキューバダイビングを始めたというから、半世紀以上のダイビング歴をほこる。公式サイトをみると、どんなに忙しくても年に1、2回はダイビング仲間と海に潜ることを楽しみにしていると書かれている。
岡本さんは今年2月から、明治以来の老舗出版社「春陽堂書店」(東京都中央区)がインターネット上で始めた会員制文芸マガジン「Web新小説」に、「スーパーフィッシュと老ダイバー」というタイトルのフォト小説を執筆していた。
主人公は「ハンス」という岡本さん自身がモデルと思われる老ダイバーと、体長2メートルにもなる巨大魚ナポレオンフィッシュの「ジョージ」。2人(?)の交流を描いている。ナポレオンフィッシュは、その名前のとおり、大きく突き出たオデコが英雄ナポレオンの帽子に似ていることからつけられた魚だ。
ヘミングウェイの「老人と海」を思わせるタイトル。物語は5月1日に公開された第4章で絶筆になってしまった。
物語の舞台は中東の紅海。小魚時代を生き延びて大魚に育ったジョージは海の中で「鏡」の中の自分の姿を見て、自我に目覚める。沈没船に付着した藻を、体をこすりつけて落とすと、船体の窓に自分の姿が映ったのだった。このシーンは映画のように幻想的だ。
やがてジョージは遊びの狩りのために魚を殺しまくるダイバーの若者たちを見て怒りを覚える。体当たりしてダイバーの息継ぎのレギュレーターを外してしまう。ジョージを「危険な魚」と恐れた人間たちに命を狙われることになる。
まるで、ディズニーアニメのような展開。そして、絶筆になった第4章のタイトルが「人間だけの物差し ―殺戮」だった。ジョージとハンスの運命はどうなるのだろうか......。