価値変容に向けて
ここにあげた三つの要因は、直接、今回のコロナ禍に結びつくものではない。だが、感染拡大をここまで深刻にした「社会的培養器」とは言えるかもしれない。世界の各地をネットワークで結ぶ高度資本主義と消費主義は、グローバル化をその成長エンジンとし、ITをツールとして加速し続け、都市に資本やサービス、労働力を集積してきた。「もっと成長を」「もっと消費を」という欲求はやむところがなかった。
だが、私たちが科学や医療の高度化によって、すでに克服したと信じ込んでいたコロナ禍は、パンデミックとなり、今も暴風は吹き荒れている。
行き過ぎたグローバル化は、2016年に米国でのトランプ政権誕生、英国の国民投票によるEU離脱という形で、すでにその矛盾を顕在化しつつあった。戦後に根づいた国際協調路線は、「自国第一主義」によって揺らぎ、欧米では内向きの排外主義を唱えるポピュリズムが台頭しつつあった。
ではこのコロナ禍は、そうした分断をさらに強めるのか、あるいは新たな国際協調を築くきっかけになるのか。私たちはまさにその瀬戸際に立たされている。
前に紹介したインタビューで、スノーデン教授は、どのような価値観であれば、この災厄に対処できるのかを問われ、発火源の中国を訪れてジュネーブの本部に戻ったWHOのブルース・アイルワード事務局長補佐官の言葉を引用した。
「今、あるいは将来必要なことは、私たちのマインド・セット(価値観や思考様式)を根底から変えることだ」
スノーデン教授はさらに言う。
「我々は同じ一つの種として共に働き、互いを助け合い、我々すべての健康にとって、社会の弱者の健康が決定的な要因であることを理解しなくてはならない。もしそうしないなら、我々は決して、人類に対するこの破壊的な挑戦に立ち向かうことはできない」
至言と思う。
ジャーナリスト 外岡秀俊
●外岡秀俊プロフィール
そとおか・ひでとし ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員
1953年生まれ。東京大学法学部在学中に石川啄木をテーマにした『北帰行』(河出書房新社)で文藝賞を受賞。77年、朝日新聞社に入社、ニューヨーク特派員、編集委員、ヨーロッパ総局長などを経て、東京本社編集局長。同社を退職後は震災報道と沖縄報道を主な守備範囲として取材・執筆活動を展開。『地震と社会』『アジアへ』『傍観者からの手紙』(ともにみすず書房)『3・11複合被災』(岩波新書)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)などのジャーナリストとしての著書のほかに、中原清一郎のペンネームで小説『カノン』『人の昏れ方』(ともに河出書房新社)なども発表している。