キーワードは「主体」と「ニーズ」
DP号は、コロナ禍の大波に揺さぶられる今の日本の縮図といえる。思い起こしてみよう。千田さんがDP号で感じたように、そこで行なわれていたのは「参加・創造型」の文化活動とは対極にある「享楽・享受型」の祝祭的なエンターテインメントだった。つまり乗客は「受け身」のまま、それを楽しんだ。
それが突然暗転し、「検疫」によって人々は隔離された。情報も先の見通しもなく、行政や医療関係者という権力・権威のもとで、「受け身」でいることを強いられる。そこで出現するのは、権力・権威と結びついた圧倒的な「情報の非対称性」だった。乗客同士が互いの状態を知らず、連絡もとれない状況に風穴を開けたのは、ある女性が掲げた「くすりふそく」という日の丸だった。千田さんらはそこで「ニーズの届け先がない」ことが不安や焦りの原因であることに気づき、知人と連絡を取り、ネットワークを形成した。つまり、「受け身」の存在から、積極的に発信する「主体」へと転換したのだった。
これは、今日本の社会で起きていることについて、きわめて示唆的だろう。私たちはコロナ禍の前から「享楽・享受型」のエンターテインメントに居心地よさを感じてきた。それがコロナ禍によって暗転し、「万人による万人への隔離」を強いられ、社会活動は急速に緊縮した。政府による情報公開や先の見通しはきわめて限られ、私たちは疑心暗鬼にとらわれている。つまり、権力・権威との圧倒的な「情報の非対称性」が、不安や焦り、恐れを倍化させている。それなのに、私たちは依然として「受け身」のままだ。以前は「享楽・享受型」だったテレビのワイドショーを見て、コメンテーターの疑問に相槌を打ち、一喜一憂するしかない。
たとえていえば、この状態は、ミシェル・フーコーが指摘する監獄などの一望監視システム、「パノプティコン」に近い。囚人はつねに監視されているという意識を抱いて規律を内面化し、それが社会規範となって人々を圧倒的な「受け身」の状態に置く。千田さんが船内の個々の状況を「監獄」になぞらえたことを思い起こそう。互いに連絡を取れず、互いが置かれた状態もわからない。環境はどんどん悪化しているのに、それが自分だけなのか、全員に当てはまるのか、それすら分からない。
もちろん、この「パノプティコン」は感染爆発を遅らせるための処置で、自分や愛する人、知人や社会のすべての人の命を救うためのやむを得ない処置の結果、出現した。
しかし、その場合も、キーワードは「主体」と「ニーズ」だ。物理的、社会的な距離は置かざるを得ないとしても、私たちは横のコミュニケーションを活発にして、私たちの暮らしにどんな歪みやひずみが生じ、苦しんでいるのかを語り合い、「ニーズ」のSOSを発信していくべきではないか。感染の特徴や速度、その結果や防止策については、医療関係者にしか分からないことも多いだろう。しかし、現に我が身や家族、友人、知人、同業者に起きつつあることや、その苦境、苦悩は、政治家や官僚よりも、当事者である私たちの方がよく知っており、私たちにしか発信できないことなのだから。
そして、「健康」には、精神的、社会的な側面があることを今一度、想起しよう。もし私たちが、「受け身」のままこのコロナ禍を過ごしていけば、多くの弱者の命や暮らしが絶たれ、ずたずたになり、コロナ禍のあとも、「パノプティコン」は常態化する恐れがある。
この厳しい時期を我慢して乗り切る。それが社会の合言葉であるべきだ。ただし、「受け身」ではなく、主体的に連絡を取り合い、互いにニーズも発信して支え合っていくことを大切にしたいと思う。
ジャーナリスト 外岡秀俊
●外岡秀俊プロフィール
そとおか・ひでとし ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員
1953年生まれ。東京大学法学部在学中に石川啄木をテーマにした『北帰行』(河出書房新社)で文藝賞を受賞。77年、朝日新聞社に入社、ニューヨーク特派員、編集委員、ヨーロッパ総局長などを経て、東京本社編集局長。同社を退職後は震災報道と沖縄報道を主な守備範囲として取材・執筆活動を展開。『地震と社会』『アジアへ』『傍観者からの手紙』(ともにみすず書房)『3・11複合被災』(岩波新書)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)などのジャーナリストとしての著書のほかに、中原清一郎のペンネームで小説『カノン』『人の昏れ方』(ともに河出書房新社)なども発表している。