「情報の非対称性」に抗して
「くすりふそく」と書いた日の丸を掲げた日本人女性の報道写真だった。
自分たちの焦りや不安は、「ニーズの届け先がない」からだ。千田さんはそう気づいた。
一方では厚労省の医師、事務官、医療関係者という絶対的な権威が船を支配し、個々の客は自らの状況も見通しも教えてもらえない。互いの状況もわからない。つまり、権力・権威と船客には圧倒的な「情報の非対称性」があった。これは何かに似ている。そう考えた時、千田さんの脳裏に浮かんだのは、かつての監獄のイメージだった。そこでは権力・権威が場を支配し、囚人は情報も、その先の見通しも教えてもらえない。他の房にいる囚人とは連絡がつかず、互いの状況についても知らない。
ではいったい、どうやって彼らは連絡を取り合ったのか。壁をたたいて合図する?点呼や食事の時に紙切れに書いたメッセージを渡し、証拠を残さないため、読後にそれを飲み込む?そんな場面まで浮かんだという。
客は船室に隔離され、互いの状況を知らない。ワンセグでテレビを見られるスマホを持っている人もいれば、そうでない人もいる。テレビはBSプレミアムしか見られず、定時のNHKニュースが船内の様子を詳報してくれるわけでもない。客室を結ぶ電話はあるが、そもそも互いに知己という訳ではないし、部屋番号を知らないのがふつうだ。
幸い、千田さんは知り合った乗客と電話番号を交換したり、部屋番号を控えたりした知人が十人前後いた。すぐに連絡を取り合い、今必要なことや日用品、薬などのニーズを集約する作業に取り掛かった。知人はそれぞれ別の知人に連絡をとり、推定でグループのメンバーは150人ほどに増えた、もちろん互いに顔も知らない「DP船内隔離生活者支援緊急ネットワーク」が形成され、10日に千田さんが手書きの「支援要請書」をまとめ、厚労省に提出し、報道各社に公開した。
要請の内容は一週間も行われていないシーツの交換や室内清掃の要請、健康対策の実行、医療専門家の派遣、情報提供、ニーズ対応窓口の設置など多岐に及んだ。一言でいえば「検疫」一辺倒の処遇に対し、高齢者や既往症など弱者への配慮と情報提供を求める当然の要求だった。
この要請によって、政府の対応は劇的に変わった、と千田さんはいう。医療支援団が大幅に増強され、不足していた薬が届き、室内環境は良くなった。窓口対応も迅速化した。 14日には橋本岳・現地対策本部長が船内放送をしたが、千田さんらが「現地対策本部」の肉声を聞いたのは、それが初めてだった。
14日にはアイフォン貸与も始まったが、機器に不慣れなお年寄りも多く、ちぐはぐな対応でしかなかった。
千田さんらは16日、二通目の緊急要請を厚労省の政府対策本部、現地対策本部に送り、対応を求めた。表題は「DP号は『コントロールされていない』」というもので、一刻も早く検査を終え、下船の措置を取るよう求める内容だ。この要請文によれば、船内は感染の爆発的な拡大(アウトブレイク)の様相を呈しており、(1)各種支援の内容の告知(2)重症化した乗客への早急の対処と検証(3)権限ある広報体制の確立(4)一刻も早い検査と19日の下船手続きの完了などを求めた。そして、こう結んでいる。
「そもそも今回の政府による隔離政策は、船内での感染拡大を防げていないばかりか、感染していない健康な乗客の感染および疾病のリスクを高めるなど、重大な欠陥を有しています。感染の拡大にいたった責任の所在を明らかにし、国民に説明することを求めます」
4月18日のNHKサイトによれば、DP号での感染は712人、死亡13人、重症4人、退院645人。一つの空間としては前例のない大規模感染だったといえる。
講演で千田さんは、「被災当事者主体の独自検証」の必要性を訴えた。これは情報の全面開示を前提として、「専門家だけによる第三者検証ではなく、被災当事者の視点も取り入れた支援の問題点を検証する協同作業」のことである。
コロナ禍は自然災害に準じる災厄であっても、その広がりにはヒューマン・ファクターが絡む。救援や支援の側が自前で検証しても、被災側の視点がなければ、せいぜいが「反省」か「改善点」の提示に終わるだろう。当然の主張だが、ふだん見過ごされている重要な問題点の指摘だと思った。
最後に千田さんは、「健康」について、WHO(世界保健機関)の考え方を紹介した。WHO憲章の前文にはこうある。「健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」。さらにWHOは2001年、保健、医療、福祉関係者や障害・疾病を持った人々や家族のために、「国際生活機能分類」(ICF)と呼ばれる指標を採択した。これによれば、「健康」であることは、心身機能や身体構造だけでなく、個人的な「活動」や、社会的な「参加」も考慮しなくてはいけない、としている。つまりDP号の対策の場合でも、こうした「活動」や「参加」がどこまで考慮されていたかを検証してみるべきだ。それが千田さんの締めくくりだった。
ここまでが千田さんの講演のご紹介であり、以下は講演を聞いて私が考えたことだ。