中国の武漢に始まり、韓国やイランを経て、欧州から米国へと広がった新型コロナウイルスは、今や日本でも深刻さを増している。
今身の周りで起きつつあることを、冷静にとらえるために、ぜひとも考えてみたいことがある。それは、日本で最初に起きた爆発的な感染の場、「ダイヤモンド・プリンセス号」(以下「DP号」と表記)で何が起きたのかを検証することだ。
船内で目立った「旅行弱者」
2020年4月13日夜、「さっぽろ自由学校遊(ゆう)」で、注目すべき講演があった。演題は「DP号の真相」。北海道・札幌市が12日、緊急共同宣言を出して自粛を呼びかけたため、主催者は参加人数を絞り、会場に来たのは、メディアを含め15人。それがもったいないと思えるほど核心に迫る講演だった。
講演したのは札幌在住で、ケアリング・コミュニティ研究会代表の千田(ちだ)忠(ただし)さん(77)だ。
地元では元酪農学園大教授の教育学者として知られるが、ここでは二度にわたって厚生労働省に「要請文」を出した「DP船内隔離生活者支援緊急ネットワーク」代表として、その体験談をご紹介したい。
初めに、千田さんがなぜDP号に乗り合わせたのかを書いておきたい。DP号にはつねに「豪華客船」の形容がつきまとい、偏見や誤解がつきまといがちであるからだ。
千田さんは大学を退官した10数年前から、高齢者の生活環境を探るフィールド調査の場として岡山県真備町に通い詰めた。2018年7月、西日本豪雨に見舞われたあの真備町である。往復にはいつも、片道約2万円で心身が寛げる小樽―舞鶴の新日本フェリーを利用し、船旅のよさを知った。
「初春の東南アジア大航海16日間」のDP号に妻と乗船したのも、若者の反中デモで揺れ動いた香港や、若いころに反戦運動で関心を寄せたベトナムを見たいと思ったからだ。
「豪華客船」と呼ばれるクルーズ船だが、最高級の特別室もあれば、小さな部屋もある。
正規料金で売り出しても空き部屋があれば、次々に小規模、零細代理店が引き継いで割り引きをし、安値では1人10数万円になる。
DP号は船籍が英国、所有が米社、建造は日本の長崎造船である。定員2706人、乗員1100人。部屋は旅行直前まで安値で取引されるので、今回もほぼ満員だった(国立感染症研究所のHPによると、帰港時に乗客2666人、乗員1045人)。18階建てマンションがほぼ満室だった状態を想像すればイメージをつかみやすい。
千田さんによると、乗客のうち日本人は5割以下。米・豪の旅行客が多かった(2月5日付朝日新聞夕刊によると乗客は56か国・地域に及ぶ)。乗員のうち管理部門は欧米系だが、長時間労働をする大半はフィリピンやインドネシアなどアジア系だった。アジアの労働者に支えられ、多国籍の乗客が乗り込み、欧米資本が潤うという構図だ。
目立ったのは、高齢者や車イスの客、杖をついて歩くパーキンソン症の人などの「旅行弱者」だった。移動する必要が少なく、いつでも休むことのできる環境が、いざ感染になると裏目に出てこうした人々を疲弊させた。
船内には日本の領海外で開かれるカジノ会場や、ショーを公演する大きなステージ、ダンスホール、ジム、映画館などがあり、「参加・創造型」とは対極にある「享楽・享受型」のエンターテインメントが主流だった。