新型コロナウイルスの感染拡大による「医療崩壊」が懸念される中、日本大学医学部はこのほど、院内感染を防ぐための苦肉の策として、地域病院への医師の派遣(外勤)を中止した。緊急事態宣言終了の2020年5月6日までを予定する。
慢性的な医師不足にあえぐ市中病院にとっては大きな痛手となる。日大の附属病院に勤める医師は取材に「このままでは地域医療の崩壊はもちろん、まともな生活ができない医師が出てきて『医局崩壊』を起こしかねません」と、地域への影響だけでなく、経済的に苦しい若手医師の離職を招く恐れがあると指摘する。
「外来がすべてストップ」の可能性も
日大は2020年4月10日、地域の病院に対し、医師の派遣を一時中止すると通達した。79ある関連病院に送付したとみられる。
同大は日本大学病院(東京都千代田区)と板橋病院(板橋区)の2つの附属病院があり、通達によればいずれも新型コロナ患者を受け入れている。そうした事情もあり、ウイルスの持ち出し・持ち込みを防ぐためだと説明する。措置は緊急事態宣言終了の5月6日までを予定。
この通達に異議を唱えるのは、附属病院に勤務する医師の大森卓三さん(仮名)だ。J-CASTニュースの対面取材に応じ、派遣中止の問題点をこう指摘する。
「外勤の役目は、外来をやって、患者さんを診て、手術のお手伝いをして、夜間の当直で救急車を積極的に受け入れて、と数多くあります。外勤中止でそれらが一切できなくなり、地域への貢献がまったくできなくなりました」
日本病院会が413の病院を対象にした2019年度の調査では、医師確保の手段として「大学医局からの派遣」が90.3%と突出して多く、地域医療が大学病院に大きく依存していることがわかる。
大森さんは「関連病院の中には、日大の医局がいくつもの診療科を担当しているところがあり、派遣中止でさまざまな科の外来・手術がストップしてしまう可能性があります。特にうちを専属で頼ってきたとこは厳しい」と心配する。
「私が行っている外勤先での専門外来では、代わりに非専門領域の医師による代診または先延ばしによってなんとかつないでおります。当直に関しても常勤医が代わりに行ったり募集をかけたりして対応しなければならず、受け入れ能力の低下、常勤医の疲弊も懸念されます。また病院経営も苦しくなります。外来を止めるとその分の患者さんがいなくなるからです。救急車の受け入れが減り、来年度の助成金も減ってしまう可能性もある」
一方で、永寿総合病院(台東区)、慶応大病院(新宿区)、東京慈恵会医大病院(港区)など複数の医療機関でクラスター(感染者集団)が発生している。日大の措置は、医師を守るためには取らざるを得ない策とも評価できる。
「もちろん外勤先から『(感染リスクや人員面から)うちには来なくて大丈夫です』と言われることもありますが、本当に困っていて声を上げてそれでも人が回らないから来てほしいというところがどうしてもあります。全面禁止ではなく、地域の病院との兼ね合いで柔軟に決めるのが一番良いと思います」(大森さん)
日大広報課は16日、J-CASTニュースの取材に「医療機関ごとに抱えている事情が異なりますので、通知後の各機関からの相談や要請には適切に対応しております」と答えていたが、大森さんによれば外勤が例外的に認められたのはごく一部だという。
「何もせずに見ているのは心苦しい」
一方、医局業務が忙しくなるかといえばそうではない。不適切な人員配置で「余剰」が生じているという。
大森さんは新型コロナ発生前の働き方を「科によって幅がありますが、当直が週に1回から3回。当直明けの休みが規定されている科は少ないので、そのまま病棟業務、外勤勤務が続くことがあり、数日連続の勤務もあります」と振り返る(※)。感染拡大後は外勤先で新型コロナの感染が疑われる患者を診察することもあった。
※日大に限らず、医師(特に2、30代の若手)の長時間労働は常態化している。厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」の報告書によれば、大学病院の約9割で時間外勤務が年間 1860時間超とみられる医師がいる。月換算で155時間と、過労死ライン(80時間)の2倍になる。昨春施行された働き方改革関連法で上限規制が設けられたが、2024年4月まで猶予される。
しかし、東京都が3月後半に不要不急の外出自粛要請を出して以降、「通常業務は減っている」と実感を語る。
「外出自粛要請などの影響で、人が外出していなかったり動かなかったりする状況なので、たとえば交通事故患者、外傷患者が減って一般入院の数が減りました」
コロナ禍で医師の過重労働が懸念されているが、
「新規入院、外来を止めている病院もありますが、うちでは普通に行われていて、むしろ過剰に医師が余っています。専修医(後期研修医)は自宅待機とされていますが、有給職は週 6での出勤を命じられていてます。大学病院に医師を集約したところで患者数に対して医師数のみ過剰になっています。医師の適正配置が必要で、地域で医師を必要としているところに配置しないと医療崩壊が起こっていくんじゃないかと懸念しています。
もちろん、コロナ専属のチームの疲弊は計り知れません。発熱外来をすべて対応し、重症患者の管理をしてかなり疲弊しています。4月から各科からの応援医師の要請がありましたが、ほとんどの医師には関係ない話です。であれば地域のためにも貢献できることを正直続けたかった。今現場で頑張っている人がいる中で、それを何もせず見ているのは心苦しい」(大森さん)
関連病院と医局員から外勤中止を撤回するよう嘆願書も出されたが、大学側は一部の容認のみでほとんど応じなかったという。
外勤中止で家族を養えなく...「医局崩壊」への懸念
外勤中止の影響は、若手医師の懐にも直撃する。
教授を頂点とする「医局ピラミッド」で下層を支える研修医や大学院生の多くは、大学業務や学業の傍ら、地域の病院で外勤をしている。ここでの「アルバイト代」が大きな収入源となる。
大森さんは日大の給与体系を次のように説明する。
「通常、専修医は週に最低4日、有給職は5日、大学病院で働きます。残りの日で外勤します。初期研修医(2年)は月24万、専修医となる3年目が21.5万、4年目以降が15.5万(いずれも額面)でだんだんと減っていく不思議なシステムです。専修医のみ外勤禁止で大学から月15万円の補填が決まりましたが、大学からの給料だけでは生活が厳しい人がほとんどです。
時間外労働をした手当も認められるようになったのはここ1、2年ほどであり、それまで賃金は無支給でした。時間外だけで60~100時間働いても実際に請求できるのは10時間もなかったケースは今でもあります。
去年、無給医問題が話題になって、それまで全くもらっていなかった大学院生らが過去数年分にさかのぼって支給されましたが、時給でいうと東京の最低賃金の分だけ。院生はその値段で病棟業務をやっていて、研究をしてたまに病棟をやるだけだと給与が月5万円くらいしかもらえない」
ここで、医局員が絶対的に不足する「医局崩壊」の懸念が出てくる。緊急事態宣言の延長もありえるだけに、派遣中止も伸びる可能性がある。
「このままでは地域医療の崩壊はもちろん、まともな生活ができない医師が出てきて『医局崩壊』を起こしかねません。独り身であればこの給料でもやっていけますが、家族がいて、子供がいてとなったら生計が立てられないので、外勤中止がずっと続くなら退職しないといけないという人もいると思います。みんなで一丸となり今回の感染症対策をするために医師を大学に集約するのであれば、金銭面に文句を言う医師は誰もいません。
しかし今回の措置は不適切な人員配置のみで実態の伴わないものであり大学に対して不満を覚えた医師がほとんどではないでしょうか。それにより今後医局崩壊を起こしかねません。このような絶対的な指示はするべきではなく同じような措置をとる施設が今後出てこないことを強く望みます」(大森さん)
医局の重要な役割の一つに地域への医師供給が挙げられるが、崩壊してしまえばしたくてもできない。
コロナ終息には「無給医問題」是正を...ユニオン主張
無給医問題をめぐっては、文部科学省が20年2月に公表した調査結果では、108病院(99大学)のうち59病院で計2819人いた。不払いだった病院は「自己研さん・自己研究等の目的、または大学院の研修の一部という目的で、診療に従事していた」などを理由にする。日大板橋病院でも93人いた。
医師労働研究センターの「無給医実態調査報告書」(20年2月公表、46人回答)によれば、無給医の大半は30代の既婚者で、大学での立場は「大学院生」が48.8%で最多だった。
全国医師ユニオンは20年4月、加藤勝信厚労相に宛てた要請書の中で、新型コロナの終息には無給医問題を解消する必要があると説く。
「日本無給医の会の調査では大学院生がCOVID-19(型コロナウイルス感染症)対策に駆り出されている。例えば慶応大学病院では時給1100円で最前線に駆り出されている。しかもCOVID-19感染患者の治療に当たっていた若手医師が重症感染を起こしているにも関わらず、上司からは『感染しても労災などにはならない』と言い放たれたとの悲痛な声が寄せられている。いわゆる『無給医』の多くは大学院生であり、今回のCOVID-19との闘いにおいてもパワーハラスメントの下で、非人道的な扱いを受けている。
さらに『無給』・無権利状態でCOVID-19感染者やその疑いがある患者の対応を強いられている医師が存在することも予想される。『無給医』問題が報道され文科省が調査を行った後も、無給のまま働かされている大学院生がおり、改善策を実施したとする大学病院においても、最低賃金ぎりぎりの賃金しか支払われていない。このような無給医問題や低賃金問題を放置したままではCOVID-19との闘いに勝つことも、日本の医療を守ることもできない。
今後COVID-19の感染拡大が続けば、初期研修医や後期研修医もその対応に直接・間接に関わらず駆り出される事態が危惧される。大学院生や研修医であっても診療行為に従事しているような医師については、労災保険法上の労働者であることは明らかであり、COVID-19対策に従事したことに起因して感染した場合に労災保険の対象となることは当然である。
国(厚労省及び労基署)に対しては、大学病院による『労災隠し』を防ぐために、大学院生等のいわゆる『無給医』であっても、労災保険の対象となることを各大学病院に周知徹底することを求める。また、これを機会に国が『無給医』問題をなくす抜本的な対策を取ることを求める」
日大広報の見解は
日大広報課に大森さんの懸念を伝えた上で、派遣中止の延長の可能性を問うと、
「本学では、万が一、医学部の医師に感染者が発生した場合、両病院間で相互のウイルス感染の可能性が生じ、結果として、派遣先の医療機関に多大なご迷惑をおかけするリスクを考慮して今回、人事交流をしている医療機関に緊急事態宣言で指定された期間で特別に対応をお願いしたものです。医療機関ごとに抱えている事情が異なりますので、派遣継続が不可欠な状況については対応しております」
と24日に書面で回答。
無給医問題については「適切に対応しております」と答えたものの、具体的な対応についての言及はなかった。
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(J-CASTニュース編集部 谷本陵)