宮川政昭副会長が語る、発信の理由
この「お願い」を編集した宮川政昭副会長はJ-CASTニュースの取材に、発信に込めた思いを語った。「もう少し優しい言葉で書きたいと思っていましたが、現場のことを思うと、強めの言葉で訴えざるを得ませんでした」。これまで神奈川の地で起きてきたことと、それに対するメディア報道の2点が、メッセージの大きな契機となっている。
「神奈川県はクルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス号』が停泊した地であり、初期段階から新型コロナウイルスの対応を迫られていました。新型コロナの性格や対処法など、情報が非常に少ない中で対応しなければなりませんでした。クルーズ船には『JMAT(日本医師会災害医療チーム)』も出動し、県医師会員も隊員として数多く出動して対応しました。
3600人という乗員乗客に対応する時、メディアのコメンテーターからは『下船させればいいじゃないか。なぜクルーズ船に閉じ込めておくんだ』という一方的な論もありました。でも、何千人単位を完璧に移動させ、収容し、隔離できる医療施設や宿泊施設はどこにあったのでしょうか。そんな難題に対案を出しながら、批判した報道は当時見られませんでした。
『神奈川県は何をしているんだ。ゾーンを分けるべき。船内で感染が広がる』と叱られました。ただ、船内は航行中に乗員乗客が動き回っていましたから、当初ゾーンをはっきり分けることは無意味でした。感染者と非感染者とに分け、消毒を徹底し、ゾーニンクしても、無症状の潜伏期の患者がいたら、もうすでに感染性を有していますから、まさにイタチごっことなり、非常に困難な作業を迫られていました。
その後、相模原市にもさまざまな問題が起こりました。相模原の病院(編注:新型コロナウイルスによる国内初の死亡者が一時入院。その後看護師の感染も判明していた)に、差別の言動が寄せられたのです。そこに勤める女性看護師は、子どもが『バイ菌』扱いされたり、子どもの保育園から『登園しないで』と言われたり、家族が会社から『出勤するな』と言われたりしました。病院への問い合わせでは電話口で叱咤され、涙を流す事務職員もいるほどでした。病院の前のバス停に『バスを停めるな』と乗客から言われました。
医療従事者からの苦労の報告を聞くたびに、私たちもつらい思いを募らせていったのです。県医師会には相模原の先生方もたくさんおり、地域医療を支えています。今後、軽症者は病院からホテルや自宅に移ることになります。ホテルに健康管理に出動する医療スタッフも、それを支える従業員の方々も同じような思いをされる可能性があります。何とかならないかと思いました。それが、発信を始めた理由の1つです」
「もう1つは、新型コロナウイルスの報道、特にテレビのワイドショーの論調があまりにも一方的だったためです。児玉源太郎の『諸君は昨日の専門家だったかもしれん。しかし、明日の専門家ではない』という言葉があります。この新しい未知のウイルスに、本当の専門家はいないのかもしれません。すべてのことは本当に誰もわからないのかもしれません。過去の類似のウイルスの経験で対応するしかないのは当然ですが、それのみですべてを語ろうとするのは危ういことです。それなのに、その後間違っていたとわかった事柄も訂正せずに、別の話をし続けるようなことがありました。そして専門家でもないコメンテーターが、まるでエンターテインメントのように、同じような感情的に主張を繰り返していたのです。
実際に、コメントの内容が現場状況と異なっていることが往々にしてありました。コメンテーターの方々は実際の現場に足を運んでお話をしているのかと疑問を持ちました。レポーターの画面受けする取材をもとに、ただ遠くから見て、野次馬と同じように発言しているだけのようでした。
医療現場で本当に起きていることを誰かが伝えないと、医療者も患者も多くの人々も、戸惑ってしまうのではないかと懸念しました。画面で伝えられたことに私たちも一般の視聴者のように過敏に反応し、現場に戻って視聴者と同じような反応していた自分たちを、他の医療者にたしなめられるという事態に気が付き、反省したことがきっかけの一つでした。
ですから、県医師会の皆様に『今の状況を教えてくれないか』と呼びかけ、情報を集め、県医師会の『コロナ通信』が始まりました。情報が間違いないことを確認し、まとめなければならないために、時間がかかってしまいました。私たちも発信し始めるのが遅かったと反省しています。もう1か月ほど早ければ良かったと思っています。
そのうちメディア側で情報発信の方向性を修正してくれるのではないかと願ってもいました。ずいぶん現場の声を取り上げてくれましたが、一部では同じことが続きました。これでは医療崩壊と同時に、医療者の精神的な医療崩壊が始まってしまうかもしれないと懸念しました」