岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
復活祭を「コロナ受難」の中で迎える米国

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   "Easter Sunday...you'll have packed churches all over our country. I think it'd be a beautiful time...I'm not sure that's going to be the day, but I would love to aim it right at Easter Sunday."
「復活祭の日曜日には、国じゅうの教会がいっぱいになる。美しい時だろう。その日になるかどうかはわからない。でも、まさにイースター(復活祭)の日曜日を目指したいんだ」

   2020年3月24日にトランプ大統領がテレビ・インタビューでそう話した「その日」、4月12日はもう目の前だ。

   新型コロナウイルスによる感染爆発が続くアメリカで人々は今、どんな思いで復活祭を迎えようとしているのだろうか。

  • 例年、マンハッタン5番街で行われるイースター・パレード。個性的なファッションの参加者を見に多くの人が集まるが、今年は中止が決まっている(筆者撮影)
    例年、マンハッタン5番街で行われるイースター・パレード。個性的なファッションの参加者を見に多くの人が集まるが、今年は中止が決まっている(筆者撮影)
  • 例年、マンハッタン5番街で行われるイースター・パレード。個性的なファッションの参加者を見に多くの人が集まるが、今年は中止が決まっている(筆者撮影)

「政府に教会を閉鎖する権限はない」という一部福音派

   復活祭とは、イエス・キリストが十字架にかけられ、3日目に復活したことを祝う日で、春分のあとの満月に続く日曜日とされている。そのため、多くの信者にとって、キリスト教の生誕を祝うクリスマスより大切な日ともいえる。

「トランプの言葉を信じて、教会を今オープンしたら、国じゅうの教会が人どころか、コロナウイルスでいっぱいになるよ」

   呆れたようにそう言うのは、米南西部アリゾナ州ユマに住むヒスパニック系のロベルト(20代)だ。

   トランプ氏は当初、都市封鎖と自宅待機が経済に深刻なダメージを与えることを恐れて、復活祭までに経済活動を再開することを目指していた。しかし3月29日、「復活祭をメドにしていたのは、願望にすぎなかった」と方針を転換。米国内の死者数のピークが、その約2週間後になると予想しているとし、社会的距離を確保するように求めるガイドラインを、4月30日まで延長すると話した。

   日本時間4月10日(米東部時間9日)現在、米国の新型コロナウイルス感染者は45万2852人、死者は1万6129人。死者数が一番多いのはイタリアだが、米国はスペインを抜いて2位となった。

   コロナ感染拡大を恐れ、全米の教会の多くが今、閉鎖している。しかし、一部の福音派の教会などのなかには、「今こそ人々が神のもとに集う時だ」、「真のキリスト教徒は、死を歓迎すべき友とみなすだろう」、「政府に教会を閉鎖する権限はない」と主張し、礼拝を続けるところもあり、行政は危機感を強めている。社会的距離を取り、教会の外やドライブインで礼拝を行う教会もある。

2月末には教会が人であふれていた

   トランプ氏が復活祭を経済活動再開のメドとしたことについて、米中西部アイオワ州アイオワシティ在住のジョアン(30代)は、「大きな支持基盤のキリスト教福音派に取り入るため。トランプ氏は教会にもほとんど行かないのに」と批判する。

   復活祭に先立つ40日間(日曜日を除いて数える)は、四旬節(受難節)と呼ばれる。これは、キリストの40日間の荒野の断食修行にちなんでおり、その初日が「Ash Wednesday( 灰の水曜日)」だ。

   今年のこの日に当たる2月26日、ニューヨーク・マンハッタンの中心部にあるSaint Patrick's Cathedral(セント・パトリック大聖堂)を訪れると、中は人であふれていた。灰で十字架をおでこに描いてもらうために、聖職者らの前には長い列ができていた。

   あの時、地獄のような今の世界を、誰が想像しただろう。その4日後の3月1日、ニューヨークで初の感染者が確認され、それ以来、まさに「受難」の時が続いている。

   民主党支持派は、「コロナはたいしたことない、すぐに収束する、などと国民をあざむき、大嘘をついた」とトランプ氏を厳しく非難する。

   こうした声に対し、キリスト教徒でノースカロライナ州シャーロット郊外に住むブルース(50代)は、「復活祭をメドに政権が努力したことは、嘘ではない。それを復活祭としたこと

   で、トランプは僕らに希望を与えてくれた。時期は遅れたけれど、心が折れそうになっても、いつか必ずコロナとの戦いに勝つ、と信じ続けることができたんだ」と話す。

ネットで礼拝、パレードはバーチャルに

   ニューヨークに住む高齢の友人を元気づけようと、先日、数か月ぶりに電話した。30年来の知り合いだが、自分の年齢を明かさない。おそらく80代だろう。

   彼女はセントラルパークに作られたテントの「野戦病院」のすぐそばに住んでいる。家にこもり、感染拡大、医療崩壊、死者数増加――と繰り返し流れるニュースを見て、不安に駆られているに違いない。経済的にも決して豊かなほうではない。

   ところが、電話に出た彼女の明るい声に、私は驚いた。テレビでコロナのニュースを流しているのが、大音量で聞こえてくる。

   歩くペースがかなり遅くなったものの、ひとり暮らしの彼女は、今も自分で食料の買い出しに行っている。

   「でも、なるべく外出の回数を減らしたいから、それも10日に1度。近所のスーパーで、高齢者に限定した時間を設けているから、その時に行くの。外出はそれだけ。知り合いを見かけたら、声をかけられないようにコソコソ隠れてるわ。この前なんか、うちのアパートのエレベーターに、あとから乗ってきた人に、『お願い、乗らないで』って叫んじゃったわ」と笑う。

   通い続けていた教会は閉鎖しているため、ネットで礼拝を守っているという。

「ねぇ、信じられる? 世界じゅう、そう、世界じゅうで今、こんなことになっているのよ。しかもスペイン風邪だか何だか以来、100年ぶりに。神がこの災いをもたらしたとは言わない。もちろん、宗教を信じている人も、信じていない人もいる。でも私を含めて今、多くの人が、静かな時間を与えられ、自分の内なる声に耳を傾けて、自分とは何かを探しているわ。本当の意味で、聖なる時を過ごしている気がするの」

   毎年、復活祭の日曜日には、ニューヨークのマンハッタンの五番街が歩行者天国になり、世界最大規模の「イースター・パレード」が繰り広げられる。個性豊かな手作りの帽子をかぶった人たちが、ファッションショーさながらに闊歩する。

   これも、今年はもちろん、中止になった。

   いつもこのパレードを楽しみにしていた別の友人が、「今年のパレードは特別よ」と言う。

   家でそれぞれが着飾り、テレビ・ウエブ会議ツール「Zoom」を使った「バーチャルなパレード」が企画されているという。

   不安で不自由な生活を強いられながらも、コロナの収束をじっと待ちながら、人々は前を向いて生きていこうとしている。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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