お笑いタレントの志村けんさんの訃報をうけ、「アイーン」「だいじょうぶだぁ」などのギャグや人気フレーズとともに、「最初はグー」のワードも注目を集めている。志村さんがかつてテレビ番組内で使ったことがきっかけで子供の間に広がった言葉として知られ、志村さん自身ものちに、その経緯について語っていた。
日本じゃんけん協会の公式ツイッター(2011年から運用)も、志村さんの死去発表当日に「日本でこれ程じゃんけんが広まったのは志村さんが考案した『最初はグー』があったからに他なりません(略)」と紹介しつつ追悼した。過去の新聞記事では、お座敷遊びで使われていたこの言葉を仲間内で使い始め、「(志村さんらが)コントに採り入れたそうだ」という解説も見受けられる。
TBSニュース「発案者とも言われています」
日本じゃんけん協会ツイッターは2020年3月30日、志村さんが29日夜に死去したことが30日に報じられ、事務所も発表したことを受け、
「はじめてグーチョキパー以外を呟きます。日本でこれ程じゃんけんが広まったのは志村けんさんが考案した『最初はグー』があったからに他なりません。ラジオで間接的ではありますが交流させて頂きました。何より沢山の笑いをありがとうございました。ご冥福をお祈りします」
と悼んだ。ツイート冒頭での説明の通り、普段は「パー!」や「グー!」などとツイートしている。
30日の産経新聞(ウェブ版)記事でも「『最初はグー』の掛け声も、志村さんがテレビ番組で使ったことをきっかけに広まったとされる」とあり、30日放送のニュース番組「Nスタ」(TBS系)では井上貴博アナが「『最初はグー』は、その発案者は志村けんさんとも言われています」と紹介していた。
また、日本じゃんけん協会のサイトでは、ツイートと同趣旨の記載が以前からあり、ザ・ドリフターズ(志村さんは、付き人を経て1974年に正式メンバーとなった)出演の伝説の人気番組「8時だョ!全員集合」(TBS系、1969~85年=一時、半年程度の中断あり=)の中で、「(志村さんが)『最初はグー』を使ってじゃんけんをしていた事で日本中に『最初はグー』が広まりました」と解説。
さらに協会が、志村さんが当時担当していたラジオ番組「志村けんの夜の虫」(TBS系、2012~14年)に問い合わせたところ、「志村けんさん:談」として、次のような回答があったと記している。収録後の「飲み」の支払いに関して、じゃんけんで決めるようになったが、皆酔っぱらっているためタイミングが合わず、「最初はグーで合わせましょう!」と合わせたところ、「これはいい」となり、「番組でも使った」そうだ。
元ネタはお座敷遊び?
志村さん本人も2018年12月11日放送の「有吉弘行のダレトク!?」(フジテレビ系)で協会サイト記載内容と同趣旨の話をしている様子が、翌12日配信の情報サイト「RBB TODAY」記事で紹介されている。ここでは、具体的に「8時だョ!全員集合」のなかで、仲本工事さんとのコント「ジャンケン決闘」で使うようになった、と触れている。
では、その時期はいつ頃のことなのか。朝日新聞の解説記事「疑問解決モンジロー」の「じゃんけん、なぜ『最初はグー』なの」(2007年6月18日朝刊)によると、「最初はグー」の掛け声を「全員集合」でやっていたとして、
「志村さんの所属事務所に聞いてみた。『80年代に仲本工事さんとのコントの中で使っていました。それで子どもの間に広まったようです』」
とあり、さらに
「志村さんらは、東京・神楽坂などのお座敷で見て仲間うちで使い始め、コントに採り入れたそうだ」
として、「元ネタは、お座敷遊びでごザルか」との「モンジロー」の見解を披露している。
「最初はグー」が志村さんの完全オリジナルかどうかはともかく、全国的に広がったきっかけを志村さんが作ったのは間違いなさそうだ。
訃報を受けたツイッターには、志村さんの「最初はグー」エピソードを知っている人たちから「亡くなっても語り継ぐ」「最初はグーをやり続ける限り、志村さんのことは忘れない」といった反応が寄せられている。また、こうしたエピソードを今回の一連のツイッターで知ったという人もおり、「そうだったのか。すごい」と驚く声も見受けられた。