「This is not New York.(こんなのニューヨークじゃない)」
タイムズスクエアで警備に当たっていた警官が、ぽつりとつぶやいた。
この発言は2020年3月中旬のこと。その頃からニューヨーク市は新型コロナウイルスの感染拡大で、まったく様変わりした。この街は大都会だが、ふだんなら他人同士でも気軽に笑顔や言葉を交わす光景がよく見られるのが日常だった。
35年間、見たことのない光景
3月14日は土曜日だったが、夕方、ニューヨーク市内で地下鉄に乗ると、乗客はまばらで、人々の表情は暗く、車内は静まり返っていた。それまではまったく見られなかった、マスクや薄いビニール手袋をした人たちが目立った。私もこの日、ニューヨークで初めて、マスクをした。降りた地下鉄の構内には、誰ひとりいない。
12日夜から翌週はじめにかけて、ブロードウエイ・ミュージカルの劇場、映画館、美術館、コンサートホール、自由の女神、エンパイア・ステイト・ビル――あらゆる観光名所や娯楽施設が次々と閉鎖された。
マンハッタン南部のチャイナタウンもリトルイタリーもソーホーも人がいない。
私は1985年にニューヨークに住み始めたが、これまで見たことのない光景だった。