国内で稼働中の原子力発電所の一部が2020年3月以降、順次停止を余儀なくされる。通常の定期検査による停止ではなく、国の原子力規制委員会が設置を義務づけている「特定重大事故等対処施設」(テロ対策施設)の完成が期限までに間に合わなかったからだ。20年秋までに計4基の原発が停止する予定で、代わりに稼働させる火力発電の燃料費は電力会社の業績を悪化させるが、電力需要への不安は聞こえてこない。
テロ対策施設の未完成を理由に、鹿児島県にある九州電力川内(せんだい)原発1号機が2020年3月16日、原子炉を停止した。これを皮切りに、5月には川内原発2号機、8月には関西電力高浜原発3号機(福井県)、10月には高浜原発4号機が停止する予定だ。東京電力福島第1原発事故後に国が設けた新規制基準に合格して稼働した実績がある原発は、関西電力、九州電力、四国電力に計9機あるが、そのうち4基が停止することになる。同じようにテロ対策施設の整備が遅れている四国電力伊方原発3号機(愛媛県)も、21年以降に停止する可能性がある。
工事の遅れが影響
テロ対策施設とは、ハイジャックされた航空機が高層ビルに突っ込んだ米国同時多発テロを受け、米国でまとめられた原発の安全対策に盛り込まれた。日本でも2013年に新規制基準に加えられた。一般的な原発では原子炉建屋に近い場所に中枢となる制御室が置かれているが、ここに航空機などが衝突した場合、原子炉が制御不能に陥って炉心溶融など甚大な原発事故に至る可能性がある。こうした事態を避けようと、一定の距離を置いた場所に緊急時の制御室や原子炉を緊急冷却するための設備を置こうとしているのだ。
当初、施設の完成期限は「新規制基準施行から5年以内」だったが、その後、各原発の安全対策などの工事計画が認可されてから5年以内に延長された。それでも各電力会社の工事は遅れており、期限に間に合わなかった場合には原発の稼働を認めないという原子力規制委員会の判断を受け、まず期限を迎える九州電力が稼働を停止させることになった。
生じる追加費用
電力会社側の言い分としては、テロ対策施設に関する原子力規制委員会の審査が長引き、かつ初めて建設する施設であるためノウハウも乏しい、といったものだ。一方、原子力規制委員会としては、期限を延長しており十分な時間はあったとの姿勢だ。2019年には整備が遅れている電力3社が期限のさらなる延長を原子力規制委員会に打診したが、認められなかった。
20年秋までに原発停止が相次ぐが、九州電力では玄海原発3、4号機(佐賀県)、関西電力では大飯原発3、4号機(福井県)の運転はできるため、エアコンの使用がピークを迎える夏でも電力不足には陥らない見通しだ。しかも、九州では九州電力が電気の買い取りを制限するほど、九電以外が設けた太陽光発電施設が多く存在している。不足する電力は火力発電を動かして対応することになり、関電では高浜3、4号機が停止することで、毎月約90億円の追加費用が生じる。いずれの原発も、テロ対策施設が完成した後には再稼働を予定している。