トヨタ自動車の2020年春闘は、7年ぶりの「ベアゼロ」で決着した。業績が堅調な中では異例の回答だが、経営側は従来のような一律の賃上げを継続すると、将来にわたる競争力を維持できないとの判断で押し切った。組合員間の格差もあえて容認してまでベア確保を狙ったトヨタ労組の『捨て身の戦法』は経営側の厚い壁の前に挫折する結果になった。2021年以降も脱ベアや脱一律の流れが定着する可能性があり、トヨタという一企業にとどまらず、日本的な賃金や雇用制度のあり方を変える契機になりそうだ。
「非常に激しい競争や厳しい経営環境の中、いかに雇用と処遇を守るかという観点で悩んだ結果だ」。総務・人事本部本部長の河合満副社長は集中回答日の3月11日、愛知県豊田市で開いた記者会見で、今回のベア見送りの理由について説明した。桑田正規・同副本部長は「当社の賃金レベルは相当高く、これ以上上がると状況が変わった時に雇用に影響が出てくる」と述べた。
労使交渉は異例の展開
ベアゼロは、東日本大震災の影響が残っていた2013年以来。ただ、20年3月期の最終利益は2兆円超を見込むなど業績は堅調で、7年前とは事情が違う。自動車業界は自動運転や電動化など「100年に1度」とされる変革期にあり、先端技術の開発費負担は大きい。ベアを実施すれば将来にわたって人件費が重荷になり、経営環境が悪化した場合に雇用を守れなくなる――経営側は厳しい回答を示すことで、従業員に危機感の共有を促す意図がある。さらに、21年以降についても、桑田副本部長は「労使で交渉はするが、先が見えない状況の中、厳しい環境は変わらない」と述べ、早くもベアゼロの可能性に含みを持たせた。
今春闘でのトヨタの労使交渉は、異例の展開をたどった。トヨタ労組が2月に出した要求は、ベアの金額について、各社員の評価に応じてつける差を従来より広げる内容が盛り込まれた。評価によっては、ベアがゼロになる人も出る。組合員の連帯を重視してきた労組が、組合員の賃金の格差につながる傾斜配分を提案するのは極めて異例だ。
経営側は2019年の春闘交渉で、業界の厳しい競争環境を背景に「頑張った人がより報われる会社を目指す」方針を表明。そのために「一律賃上げの見直しが必要」と訴えた。さらに、豊田章男社長は、社員の間で危機感が共有されていないと問題視し、冬のボーナス額の回答を保留する事態となった。今春闘での労組の提案には、こうした経営側の意図を汲む一方で、ベアにはこだわり、その原資の確保を優先する狙いもあった。