タイミングに「?」残る安倍首相の新型コロナ対応 背景に官邸内の「亀裂」も

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   安倍晋三首相は2020年3月5日、新型コロナウイルス感染対策本部の会合で、中国と韓国からの入国者全員について、指定場所での2週間の待機と国内の公共交通機関を使用しないよう要請すると表明した。運用は3月9日から31日まで。さらに、中国人と韓国人に対しては、発行済みの査証(ビザ)の効力を停止し、中国・韓国両国からの入国者数の抑制に乗り出す。

   ただ、国内の感染状況は、水際対策から、すでに市中感染や重症化を抑える措置が必要とされる段階に移行しているため、今回の措置の実効性について疑問視する声も多い。首相は、なぜこのタイミングで今回の措置に踏み切ったのだろうか――。

  • 2月29日、記者会見に臨んだ安倍首相。「政府一丸」で対応できるか
    2月29日、記者会見に臨んだ安倍首相。「政府一丸」で対応できるか
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「習主席の来日延期」と「支持層へのアピール」

   なぜこのタイミングという点について、3月6日の菅義偉官房長官の会見でも質問が相次いだ。しかし、菅長官は「外国の状況や措置の影響など、さまざまな情報や知見に基づいて総合的に判断した結果で、適切なタイミングだった」と述べるだけで、具体的な言及は避けた。

   一義的には、中国の習近平国家主席の訪日が正式に延期されたことが理由だと考えられている。中国の国家主席の来日は2008年以来で、将来の日中関係を規定する重要な機会となるため、日中両政府はなんとしても成功させたいという思惑があった。そのため、延期が正式に決まるまでは、中国側に強硬措置を取れなかったのではないかという見方だ。

   また、中国は日本にとって最大の貿易国。さらに、2019年の中国からの訪日外国人数は約959万人ともっとも多い。「観光」を成長戦略の1つに掲げる安倍政権にとって、これ以上の経済悪化は避けたいという意図もあったと見られる。

   一方で、こうした中国への「配慮」ともみられる対応に、安倍首相の支持基盤である保守層からは反発が相次いでいた。国会においても中韓からの入国規制を求める質問が相次ぎ、自民党の部会においても「中国への配慮から初動が遅れたのではないか」という指摘が挙がっていた。

   そうした安倍首相のコアな支持層へのアピールとして、習主席の来日が延期されて中国への「配慮」が必要なくなったいま、今回の措置に踏み切ったと見るのが一般的なのだろう。

危機に「強い」政権だったはずが...

   ここで押さえておきたいのが、新型コロナウイルスをめぐる安倍政権の対応ぶりだ。武漢市からのチャーター機の費用負担、「指定感染症」の政令施行日をめぐる二転三転に始まり、場当たり的との批判も根強い「全国一斉休校」、そして市中感染防止の段階での中韓からの入国規制。新型コロナをめぐる安倍政権の対応が、実効性よりも、取り組む姿勢の「アピール」に終始しているように見えて仕方ない――そうした批判も少なくない。

   ただ、2012年からの第二次安倍政権の歩みを振り返ってみると、決して危機管理に弱い政権ではないのだ。

   2013年のアルジェリア人質事件、2015年のイスラム国による日本人人質事件、2016年の熊本地震、2017年の北朝鮮のミサイル発射・核実験、2018年の西日本豪雨など、内政で窮地に立たされた場合でも、こうした危機に対する冷静で適切で緻密な対応を武器に、内閣支持率を盛り返すというのが、安倍政権が長期政権となった1つの要因でもあった。だからこそ、前出の一般的な理由以外になにか事情があったのではないかと勘繰ってしまうのだが――。

今までの支持率急落とは「異なる」部分

   安倍内閣は「支持率」と「経済」を強みとして、長期政権を実現してきた。その自負は首相周辺も強いからこそ、支持率急落に対する危機感も人一倍強いのかもしれない。

   2020年2月に行われた、報道各社の世論調査。その結果に、永田町では衝撃が走った。共同通信社の調査では内閣支持率は前回比8.3ポイント下落の41.0%、産経新聞・フジテレビの調査では前回比8.4ポイント下落の36.2%と、内閣不支持率が支持率を上回るという、顕著な急落傾向が明らかになったのだ。

   ある自民党関係者はこう分析している。「ここまでの急落は、2015年の安保法制成立時、2018年の森友学園問題をめぐる財務省の決裁文書書き換え以来のこと。そのくらい異例の事態で、首相周辺は相当焦っている」と。

   また、経済政策に強い自民党中堅議員は「今回の急落がいままでと異なるのは、経済に直結する点だ。安保法制も森友学園もいくら大きな問題となっても、一般の国民生活には影響が少なかった。だが、今回は、観光業・接客業はじめ、現状では試算不可能なくらいの経済的ダメージが予想される。2020年6月過ぎからは企業倒産も相次ぐ可能性だってある」というのだ。

   たしかに市場も敏感に反応している。2020年3月9日時点で、日経平均株価は前日から900円以上下がり2万円割れ、さらに外国為替市場では円高ドル安が進行し、一時1ドル=101円台をつけた。

対応仕切るのは今井秘書官か

   支持率の急落に焦った首相周辺が、実効性よりも、取り組む姿勢の「アピール」に重点を置いて対応する――そんな疑念が出るのも自然だ。ある政府関係者も「首相周辺は世論の動向を非常に注視している」ことを認めている。しかし、いままでもそうだったはずだが――。

   前出の自民党関係者はこう解説する。「今回の新型コロナをめぐる対応には、いままで危機管理を一手に担ってきた菅長官らが入っていない。今井尚哉首相補佐官が主導している」というのだ。横浜市議からのたたき上げ、根回し重視の菅長官と異なり、今井首相補佐官は経産省出身で、トップダウン型の手法だということは永田町でよく知られている。

   「菅長官が入っていないから、対応は後手後手に回る。仮に、対応をぶち上げたとしても、国民生活に即していない、ちぐはぐで場当たり的なものであるため、国民の反感を買ってしまう。その違いは生活への嗅覚だ」というのだ。

「国民になにが受けるか、なにが必要とされているか、そうしたものへの嗅覚が、菅長官はとにかく強い。残念ながら、首相周辺には菅長官以外にそうした嗅覚をもつ人間はいない」

   そんな菅長官が外されたのは、菅長官の後押しで入閣したと見られる河井前法相や菅原前経産相の相次ぐ閣僚辞任が理由だという。安倍首相は、第一次政権で閣僚辞任が政権の体力を大きく奪い、早期の退陣につながった経験から、基本的には閣僚辞任を嫌う。にもかかわらず、そうした事態を引き起こした菅長官への不信感が募っているのだという。

   政治に権力闘争はつきものだが、それが国民生活に影響を与えてはいけないはずだ。安倍首相が何度も口にする「政府一丸となって」、その言葉の真の実践が求められているのかもしれない。

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