新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の有無を確認するために行われるPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査の対象者を広げるべきではないかとする声が高まっている。検査を受けるにはいくつかの条件があり、政府が2020年2月25日に発表した対策基本方針でも、対象者は限定的なものと示唆されている。
検査対象者を絞っている現在の基準は妥当なのだろうか。政府専門家会議のメンバーで日本感染症学会理事長の舘田一博氏(東邦大学微生物・感染症学講座教授)はJ-CASTニュースの取材に「(検査の)キャパシティに限りがあります」と説明。また、焦って検査対象者の数だけ増やした場合、精度管理の観点から「余計に混乱を招くことになりかねません」とも指摘する。
「入院を要する肺炎患者」
厚生労働省が公表している検査対象の基準は複数の条件があり、最終的には医師の総合判断のもと、PCR検査の実施を各自治体の保健所に相談する。
25日には政府が「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」を発表。今後の感染状況の把握にあたり、「地域で患者数が継続的に増えている状況では、入院を要する肺炎患者の治療に必要な確定診断のためのPCR検査に移行しつつ、国内での流行状況等を把握するためのサーベイランス(編注:発生動向調査)の仕組みを整備する」とあり、PCR検査については「入院を要する肺炎患者」という条件が大きな目安となっているとみられる。
ツイッター上では「PCR検査を受けたいのに受けられない」旨の報告が多数あがっており、ワイドショーでも取り上げられるなど、検査基準の妥当性をめぐっては疑問の声もある。また、最終的には医師の総合判断となり、判断基準のあいまいさも指摘されている。
厚労省は連日、PCR検査の実施人数を公表。報告が上がった人数のみを計上しており、「各自治体で行った全ての検査結果を反映しているものではない」という注釈つきだが、26日(12時時点、以下同)までに延べ1890人、25日時点は1846人、24日時点は1742人などで、1日あたり数十件ずつの増加となっている。
PCR法には「限界があります」
一方、日本感染症学会と日本環境感染学会は21日、「新型コロナウイルス感染症―水際対策から感染蔓延期に向けて―」と題した文書を発表し、今後の対応のポイントを説明。これまで明らかになってきた症例や感染状況などから、「高齢者・基礎疾患保有者における肺炎の合併は生命を脅かす重篤な状態につながる可能性を高めます。このような感染症の蔓延期においては、重症例に焦点をあてた医療の実施が重要な戦略となってきます」と大きな方針を適示している。
同文書では一般市民向けに、検査に関して「現在、実施されているウイルス検出のための検査(PCR法)には限界があります」として、次のような解説がある。
「新型コロナウイルスは、主に咽頭や肺で増殖しますが、インフルエンザに比べてウイルス量は少ないと考えられています。PCR法という核酸検査で増幅してウイルスを検出する方法が診断に応用されています。最初の検査で陰性で、2回目の検査で陽性となった症例も報じられました。インフルエンザに比べて1/100~1/1000といわれるウイルスの少なさは、検査結果の判定を難しくしています。とくに早い段階でのPCR検査は『決して万能ではない』ことをご理解ください」
医療機関向けには、「軽症例はインフルエンザ外来に準じた対応を行います」という項目で、「症状が軽い時、現時点での検査体制では必ずしもPCR検査は必要ないことを説明してください」という記載もある。ただ「一方で、重症例、あるいは重症になりそうな症例を見逃さないことが必要になります」と指摘している。
「焦って検査対象者の数だけ増やすと...」
政府専門家会議メンバーで、この文書を発表した日本感染症学会理事長の舘田一博氏は26日昼、J-CASTニュースの取材に「現在の検査対象者の基準は妥当なのか」という質問にこう話す。
「できるだけ広く検査ができれば一番いいわけですが、新型コロナウイルスの検査で行われているのはPCRの中でも『リアルタイムPCR』という検査法で、『RNAウイルス』というウイルスを対象とする検査です。これは、すぐにどこでも検査ができるわけではありません。
キャパシティのことを考えると、限りがある中で検査の対象をどう集中していくかが重要です。今の段階では重症の方、入院を要する肺炎があり、ウイルス性肺炎を強く疑う場合を対象に検査を実施することが大事になります。
ただし、国立感染症研究所や地域衛生研究所、あるいは大学などと協力しながら、検査できるキャパシティを増やす方向で検討しています。余裕が出てくれば、『何か少し疑わしい』という軽症者を検査することもできるのですが、まだそこまで検査の対象を広げられないというのが現状です」
検査対象者を広げた場合に、何らかのデメリットが起こる可能性はあるか。舘田氏は次のように指摘する。
「たとえば『偽陽性』(本当はその疾患にかかっていないのに、検査で陽性反応が出ること)、『偽陰性』の結果が出てくる可能性があります。焦って検査対象者の数だけ増やすと、検査の精度管理が追いつかなくて、間違った検査結果が出てしまうおそれがあり、余計に混乱を招くことになりかねません。その意味では、正しく精度管理できる状況で検査できるようにしていくことが重要です」
検査で陽性でも対処方法は「変わりません」
舘田氏は「(PCRの)精度はかなり高く検査できるようにはなっています」とするものの、
「それでも病原体は数が少ない時からだんだん増えていくような状況にあります。感染初期は陰性でも、後から陽性になるということもよくあります。クルーズ船(ダイヤモンド・プリンセス号)の中でもそういった乗客の方がいました。このような点から、あまり検査に引っ張られないで、今は入院が必要な肺炎患者の方に重点をおいて対応していくのが大事です」
と説明。検査で陽性か陰性かということより、まず現に症状が重いかどうかに注意するべきだと指摘した。
また、PCR検査は結果が出るまで少なくとも「数時間から1日」かかり、インフルエンザ検査などと比べても時間を要す。検査の結果、陽性が出た場合も治療・対処方法は「変わりません。まず治療方法は確立されたものがありません」と舘田氏は話す。
先述した「新型コロナウイルス感染症―水際対策から感染蔓延期に向けて―」の文書にも、「特異的な治療薬はありません」の項で、「新型コロナウイルスによる感染症に対する特別な治療法はありません。脱水に対する補液、解熱剤の使用などの対症療法が中心となります。一部、抗 HIV 薬(ロピナビル・リトナビル)や抗インフルエンザ薬(ファビピラビル)などが有効ではないかという意見もありますが、まだ医学的には証明されていません」などとする指摘がある。
「念のため検査を受けたい」と思ったとしても、「やめた方がいいでしょう。キャパシティに限りがあるので、本当に必要な人が検査できなくなるおそれがあります」と舘田氏は話している。