岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち マスク姿のアジア人はなぜ怖がられるのか

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「僕はウイルスではありません」

   欧米では、マスクは手洗いなどに比べ、感染予防にあまり効果はないと考えている人が多い。医療機関や専門家の意見も同じで、かなりの人混みの中など、特定の環境ではある程度の予防効果はあるかもしれないが、科学的な証拠はない。

   しかし、感染者が他人に感染させないメリットはあるとし、とくに中国政府の情報の信憑性や感染の広がりを考えると、そういう国から来た人はマスクをするべきだと主張する人は少なくない。

   ニューヨーク市や川向こうのニュージャージー州のドラッグストアでは今、医療用マスクが売り切れの状態が続いている。だからといって、街でマスクをしている非アジア系アメリカ人はほとんど見かけない。一部の人が買い占めているか、一般のアメリカ人が万が一の時のために買い置きしているのだろうか。

   ニューヨークの地下鉄で殴る蹴るの暴行を加えられた事件などは、決して許されるべきではない。暴行を受けた女性は、そのトラウマを一生、抱えて生きていくことになるかもしれない。

   これまでにも繰り返されてきたアジア系やアジア人に対する差別とも捉えられるが、「差別」ではなく「区別」だと主張する人の思いや警戒心も、命に関わる感染症だけによくわかる。

   マスクをしない場合は、人前でのくしゃみや咳による飛沫感染にはより一層、気をつけ、相手との距離をしっかり取るべきだろう。欧米ではくしゃみなどをする時には、手ではなく腕を使う人も多い。

   中国も日本も、総人口を考えれば、感染者はほんのわずかの割合にすぎない。コロナウイルスには未知の部分も多いが、致死率だけを見れば、米国で毎年のように猛威を振るっているインフルエンザのほうがはるかに恐ろしい。

   2020年2月、イタリア・フィレンツェの街角に、中国・武漢の男子学生ひとり、目隠しとマスク姿で立った。彼の傍に立てかけられたパネルには、イタリア語と中国語と英語でこう書かれている。

「I'm not a VIRUS. I'm a HUMAN. ERADICATE THE PREJUDICE.」
(僕はウイルスではありません。人間です。差別を撲滅しよう)

   街ゆく人々は遠巻きに見ていたり、面白がって一緒に写真を撮ったりしている。しばらくすると、ひとり、ふたりと彼に近寄り、ハグし始める。やがて通行人たちは、彼の目隠しとマスクを取り外し、何も付けていない学生を思い切り抱きしめ始めた。

   大切なのは、お互いが相手の立場に立って、想像力を発揮させることだろう。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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