新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大する中、感染の検査費用として「自己負担で8万円かかる」という情報がインターネット上で拡散されたが、発端となった投稿者自身が「誤情報だった」として打ち消した。実際、J-CASTニュースが厚生労働省に問い合わせると「検査は全て公費でまかなわれます。『自己負担8万円』は明らかに間違いです」と指摘した。
投稿者は元々、看護師である母親から聞いたとして発信。だが後日、誤情報を流してしまっていたことに気付いて自ら訂正し、さらに「これが自己負担8万のデマの真相です」として経緯説明のツイートを残している。投稿者はJ-CASTニュースの取材に「どういう経緯で聞いてきたのか何も知らない私は、母親、病院側の人間で医療従事者が言うなら本当なんだろうなと信じ込みました」と話す。なぜ誤情報が生まれ、拡散されたのか。
「約8万くらいの自己負担もしなきゃいけないと」
この投稿者のツイッターアカウント名は、2020年2月20日時点で「8万は誤情報訂正済」。自ら発信した誤情報を、名前も使って打ち消している。
発端は16日の投稿。大阪の病院で看護師として勤務する母親から「恐ろしい話を聞いてしまった...」とし、新型コロナウイルスの検査に「約8万くらいの自己負担もしなきゃいけないと」と多額の費用がかかることを伝えた。母親も咳などの症状があったという。
同投稿は削除済みだが、確認できる範囲で1万1000回以上リツイートされるなど拡散。この投稿を見たとみられる別のユーザーも17日、「新型コロナ検査 日本 陰性の場合8万円自己負担」などとツイートして1万回以上リツイートされた。ツイッター上では「検査費用はかからないはずですが」と疑問を呈す声もある一方、
「検査8万って。。。日本ってこんなに無能なのか」
「検査費用八万円を、体調不良で不安を抱えた個人に請求する日本という国」
「自己負担8万が間違いなければ、感染確認者数を少なく抑えたい政府の思惑」
という声が続々と寄せられた。
「8万円」情報を母親に確認
ところが2日後の18日、状況は一変する。冒頭の投稿者が自ら「こちらのツイートに関して大変お騒がせして申し訳ございません。私のツイートした『検査費用8万』という情報は間違っております」と、誤りであったことを伝えた。「誤情報の元ツイは削除します。このツイート関連で大迷惑被った方々、混乱させてしまったり誤情報を信じさせてしまったりと大変申し訳ありませんでした」と宣言し、上記16日の投稿を削除。反省と謝罪の言葉を繰り返した。
さらに投稿者は19日、「これが自己負担8万のデマの真相です。ホント超馬鹿。これは罵られていい」として、なぜ誤情報が生まれたかを説明した。それによると、母親が勤務先の病院で「原因不明の高熱」の患者が何人かいるのを見て、新型コロナウイルス感染を懸念。母親は同僚から「検査するにも必要な道具が不足している」「検査費用8万円」などといった話を聞いた。投稿者は母親からこの話を又聞きし、すぐにツイートした。
後日、投稿者が母親に「8万円の情報はどこから?」と聞き、母親は前出の同僚に確認。すると同僚から「8万円はネットで見た。でも(中国・武漢市に政府が派遣した)チャーター便の値段だったみたい」と明かされた。同僚がネット上の情報を間違って認識し、これを母親が鵜呑みにし、さらに投稿者が鵜呑みにしてツイートしたということだ。こうした経緯を明かした投稿は、21日までに約1万回リツイートされている。
厚労省「行政負担になるので全て公費でまかなわれます」
厚生労働省は新型コロナウイルスに関する情報をまとめてウェブサイトで公開している。感染の有無を調べるPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査にかかる費用などについて、「渡航歴や患者との接触歴などから、都道府県が必要と判断した場合に検査が行われます。このような場合は、検査自体の費用は不要です」としている。
厚労省結核感染症課の担当者は21日、J-CASTニュースの取材に、
「新型コロナウイルスの検査は現時点で行政検査となっており、費用も行政負担になるので全て公費でまかなわれます。『自己負担8万円』というのは明らかに間違いです」
と説明した。検査の結果、入院することになった場合、入院費用も公費でまかなわれる。
検査を受けられるかどうかは自治体の判断で決まる。担当者は、目安として「『新型コロナウイルスに関する帰国者・接触者相談センター』で相談してもらい、必要な外来を受けてもらった結果、検査の必要があると判断された場合に、保健所で検査を実施することになります」としている。また、「検査は地方衛生研究所や国立感染症研究所といった国・自治体の専門機関で行う体制になっており、それ以外の民間検査は現時点では実施していません」と話した。
「感染者はあちこちに居るのだ」と恐怖
投稿者の「8万は誤情報訂正済」さんは奈良県に住む19歳の女子学生(以下、「女性」)。ツイッターのダイレクトメッセージ(DM)を通じてJ-CASTニュースの取材に応じ、元々は自身や母親の身を案じての投稿だったと、一連の経緯を明かした。
母親から「自己負担8万円」の話をされた16日、「どういう経緯で聞いてきたのか何も知らない私は、母親、つまり病院側の人間で医療従事者が言うなら本当なんだろうなと信じ込みました」といい、「母親の勤務先に新型コロナの症状らしき人が居るのだ」と不安を覚えた。同時に「やっぱり、ニュースにしていないだけで感染者はあちこちに居るのだ」と恐怖したと語る。
母親が心臓病を患っているといい、「もし職場の患者に新型コロナウイルス感染者がいて、万が一母親が感染したら。その事ばかりを考えました。謎の咳や嘔吐症状を起こしたので尚更です」と身を案じたと振り返る。そして「私は誰かに伝えたかったのです」として投稿することにした。
「『母親の勤務先で新型コロナ患者らしき人が居る。母親が危ない。なのにコロナ検査をするにはこういった事があって出来ない。これじゃあどうする事も出来ないじゃないか』。そういう意味を込めてツイートしました」
瞬く間に拡散する中、「自己負担8万円」に疑いを持ったのは、他のユーザーからリプライで指摘を受けたことがきっかけだった。女性はすぐ母親に確認。上記のとおり誤情報であったことが分かり、18~19日に自ら打ち消した。だが、この訂正に至るまでには様々な思いが駆け巡っていた。
「当時のツイートが伸び始めた頃、政治アカウントに見つかり『8万』という情報だけが出歩いていってしまいました。そこからが地獄でした。私が伝えたかったのは母親の周りで起きている恐ろしい出来事なのに、私のツイートは『コロナ検査費用は8万』という政府を叩く武器にされてしまいました。勿論、母親の心配をして下さった方もいます。でもそれは結果的に見ると2割程度しかありませんでした」
情報の確認に動くことになった「ある言葉」
「自己負担8万円」が独り歩きしたことは、発信源である女性が看護師の母親の言葉を信じ込み「しばらくデマだとは思わなかったのが原因です」と強く反省する。
「いくら『それはデマです』『この情報を見てください』と言われても、病院に勤める母親がこう言っているんだからそれは違うんじゃないか、病院によって違うんじゃないか、そう思い続けて耳と目に蓋をしました。時たま医療従事者、関係者(というユーザー)からの『これは本当です』という肯定意見を目にし、余計に意志を固めることになりました。この時の不安もツイートしています」
女性は誤りに気付く前の18日未明、「デマと言われても仕方ない書き方をしているのは重々承知しています」「正直に言って怖いです...」などと投稿。その後いったん発信をやめたが、意見は飛び交い続けた。「一般人のアカウントや政治アカウント、公式アカウントと医療従事者アカウントも入り乱れ、本当に地獄絵図でした」。そうした中、ある言葉をかけられたことで、情報の真偽を確かめることを決めた。
「『人殺し』と言われました。『お前のデマで人が必ず死ぬぞ。お前は人殺しだ。人殺し!』。今は削除されたみたいですが、確かにこう言われました。これだけは中々に堪えたので覚えています。言われて当然の事をしたのですけどね...。
それが、私が耳と目から蓋を外す動機になりました。まず、逃げていては駄目なんだ。正直に向き合おう。行動に移そう。そう思ったのです」
「同じ過ちだけは絶対にしません」
「自己負担8万円」が間違いだったと分かると「なんて馬鹿な事をしていたんだろう」と我に返った。訂正・謝罪し、経緯を説明した19日の投稿には、「デマだとわかったらちゃんと訂正する。簡単なようでなかなか出来ることではありません」「誰でも間違いやうっかりはあるから気にしないでいいと思うよ。謝罪ツイートしたんだから」といったリプライも寄せられた。一方、女性本人は取材に反省の言葉を繰り返す。
「これは決して褒められる事ではないと思います。私の発信した情報に誤りがありました。間違いでした。ならばまずは謝ります。私にはこういった事が原因だったと説明する義務があります。間違いがあれば正す事は当たり前だと、小さい頃から親に教えられて来ました」
自らが発端となった「騒動」で、情報の見極めについて感じることはあったか。女性はこう明かす。
「私は元々ただ絵を描く、それをアップする。好きな絵や画像をRTする。何が美味しいとか愛犬が可愛いとか、ただ自分が好きなことを呟く。現実の悲しい出来事はスルーする。そういう事をしてきました。フォローも同じような人達だけで固めています。
好きな事だけを見る、しているアカウントですので、現実で起きている事件や様々な情報もたまに見るテレビ以外全くと言っていいほど知りませんでした。今回起きたこのデマの炎上で、私はまさに『井の中の蛙大海を知らず』。蓋を開けてみればなんとやらでした。
元々情報を見極める事をして来ませんでした。だから、身内の出来事を鵜呑みしました。こんな大事になることも分からず、友達に話すかのように発信してしまいました。私にとって『情報を見極める』という事は、これからも難しい課題だと思います。これは無責任と言われても構いません...。ただ、同じ過ちだけは絶対にしません。それは言い切れます」
女性の母親は軽い風邪の症状があったが、大事には至っていないという。
ITジャーナリスト「『ツイッター政局』に利用されてしまった」
今回の誤情報が大きく拡散される事態になった背景について、ITジャーナリストの井上トシユキ氏は取材に対し、「政府を攻撃する格好の燃料になってしまった」と指摘する。
「新型コロナウイルス感染者が国内で増加し、政府の対応に否定的な声があがっているのに加え、海外メディアからも批判的な論調があがっていますね。さらに桜を見る会の問題、国会ヤジなども重なり、安倍晋三首相は傲慢だというイメージが強くなっています。
その中で、『検査は自己負担8万円』という情報が降って湧いた。消費増税分の税収は社会保障費に充てると言っているのに、新型肺炎対策は国民に負担を押し付けるのか、と受け取られてしまい、政府や安倍氏に不満を持っていた人たちが一気に拡散させたのではないでしょうか」
発端となった投稿者の女性については「新型肺炎に不安を抱く、ごくごく一般的な人だと思います。善意で情報共有した方がいいと考えたが、投稿者の意図に反して『ツイッター政局』に利用されてしまったと思います」とする。自ら誤情報と気付いて打ち消した行動には、「常識的な方だと思います。フェイクニュースとして拡散されるのはどうしても防ぎたいと素直に思ったのでしょう」との見方を示した。
新型コロナウイルスに関しては解明されていない部分が多く、誤情報も含めてさまざまな情報がネットで飛び交っているのが現状だ。井上氏は「これだけ感染が拡大している以上、必要な情報は報じられるし、関係機関から発信されます。情報リテラシーそのものが問われます。不用意に他人に押し付けるとか騒ぎ立てるのではなく、自分が信頼できる専門家や機関が発信しているかどうかなどを冷静に見極めて、情報に接するべきだと思います」と話している。
(J-CASTニュース編集部 青木正典)