スマートフォン(スマホ)で動画など特定のアプリのデータ通信を利用し放題にする「ゼロレーティング」というサービスのあり方が問題になっている。特定のサービスを優遇すると、すべての通信を平等に扱う「ネットワークの中立性」の原則に抵触しかねないとの懸念が指摘され、総務省はこのサービスに関する指針の策定を進めている。利用者には有難いサービスではあるが、言論の自由にもかかわるだけに、「便利」という側面だけに目を奪われてはいけないらしい。
データ通信量に上限がある契約をしている人は、YouTube(ユーチューブなどの動画配信アプリやInstagram(インスタグラム)などのSNS(交流サイト)のように、データ量が大きいサービスを利用していて通信量が上限に達すると、通信スピードが極端に遅くなる。そこで、通信事業者が、特定のアプリについてはどれだけ利用しても契約しているデータ通信の容量から差し引かない、つまり速度制限をかけず、実質的に「利用し放題」にするのがゼロレーティングだ。料金プランに組み込んだり、オプション機能として提供したりすることが多い。
ゼロレーティング「人気」の理由
例えばKDDIはTwitter(ツイッター)、Facebook(フェイスブック)、インスタグラム。ソフトバンクはユーチューブ、Hulu(フールー)、アベマTV、インスタグラム。格安スマホ大手のビッグローブもユーチューブ、Spotify(スポティファイ)。LINEモバイルはLINE、ツイッター、フェイスブック、インスタグラムについてなど、ゼロレーティングを実施している。
NTTドコモはアマゾン日本法人と提携し、追加料金なしで「アマゾンプライム」(年会費4900円)を1年間使えるサービスを開始しており、配送無料などとともにアマゾンの動画を視聴できる。データ通信は無料にならないのでゼロレーティングとは異なるが、特定のコンテンツが利用できることで差別化を図るという意味では、似た性格といえそうだ。
さて、ゼロレーティングは利用者にとって、使用するデータ通信量を気にせずに好きなコンテンツを楽しめるとあって、「新規加入の2~3割がプランに加入する」(格安スマホ大手)というように人気は高いが、何が問題なのか。
総務省が「指針案」
2つの公平性の問題が指摘される。
まず、ネットワーク利用者間の公平性だ。ゼロレーティング利用者が通信網を過剰に消費して混雑を招き、非利用者に影響を与えかねないとの懸念がある。
もうひとつは、コンテンツ事業者間の公平性だ。ゼロレーティングサービスは特定のアプリを優遇することになり、人気コンテンツに利用者が集中する。実態としてフェイスブックやグーグルなど大手IT(情報技術)企業などの人気サービスを対象にすることが多くなり、中小のコンテンツ事業者が育ちにくくなる懸念が指摘される。通信事業者コンテンツを優遇し、他の多様なコンテンツを失う恐れがあるということだ。「ネットの多様性がうしなわれれば、価値観の多様性が失われかねず、ひいては言論の自由をも脅かす可能性がある」(大手紙経済部デスク)と指摘される。
総務省は2018年に、有識者による研究会を立ち上げ、ゼロレーティングの在り方について検討し、その議論を踏まえて19年末に「指針案」をまとめた。
その第1のポイントは、例外をなくし一律で速度制限をかけることが望ましいとしたことだ。電気通信事業法は通信事業者に対し、サービス提供の際に不当な差別的取り扱いをしないよう禁じているのが根拠。具体的には、通信事業者に対しては、利用者が契約している上限データ通信量を超過した場合、ゼロレーティング対象コンテンツも含めて一律に通信速度制限(速度が遅くなる)を実施することを求めている。
各国当局の模索が続く
また、ゼロレーティング対象コンテンツ選定基準を公開する▽利用者ごとにゼロレーティング対象コンテンツと非対象コンテンツそれぞれの通信料を計測して情報提供する▽望まない利用者が契約しないようサービス内容を詳細に説明することなどを要請。アプリやコンテンツを提供する大手IT企業に対しては、競合の中小事業者を締め出すような契約を携帯会社と結ばないよう求めるという。
総務省は、「一律禁止する」のではなく、あくまで指針として一定の基準を示すもので、事業者への監視を強めながら、問題が生じた場合は事後的に対応する方針だ。
諸外国でも、ゼロレーティングへの対応は手探りが続き、米国はオバマ政権時代の2015年、連邦通信委員会(FCC)が公平な扱いなどの規則を定めたが、17年のトランプ政権発足後にルールの大部分を廃止した。一方、インドでは16年、特定のアプリの優遇は市場に悪影響を与えるとしてゼロレーティングを禁止している。
GAFAに代表される大手IT企業が中小ライバル企業を巨額で買収して市場支配を強めていることが問題視される中、ゼロレーティングは、大手の寡占を促進しかねない要素も秘めるだけに、サービスの育成と規制のバランスをどうとるか、各国の当局の模索が続きそうだ。