この連載の前回の記事「ソレイマニ『殺害』シナリオの本音は何か」の後半――。今回は、日本ではあまり聞かれないトランプ支持者の声を取り上げる。
They will pay a very BIG PRICE! This is not a Warning, it is a Threat. Happy New Year!
「彼らはとても大きな代償を払うことになるだろう。これは警告ではない。威嚇だ。ハッピーニューイヤー!」(2020年元旦のトランプ大統領のツイッター)
殺害を決断させたテレビ映像
前日の大晦日に、イラクの首都バグダッドの米大使館が襲撃を受け、放火・破壊されているテレビ映像を見て、トランプ大統領は憤り、ソレイマニ司令官の殺害を決断したと言われている。米軍幹部には予想外の選択だった。
2019年秋から、イラク米軍駐留基地への攻撃が多発した。ソレイマニ氏殺害の発端となったのは、12月27日のイラクにある米軍事施設への30発以上ものロケット攻撃だった。米軍属1人が死亡。米政府は、イラン支援のシーア派テロ組織によるものと判断した。
これに対する報復として、ソレイマニ司令官殺害を含む選択肢をいくつか提示されたものの、米政府関係者によると、トランプ氏は同司令官殺害を拒否。シーア派テロ組織の拠点の空爆を選び、29日に実行。戦闘員25人を殺害した。
これに反発したイラクの民衆が31日、バグダッドの米大使館に侵入し、「米国に死を!」などと叫びながら、放火や投石などの破壊行為に及んだ。
イランが支援するシーア派民兵組織が襲撃を扇動していたとし、米国は同日、クウェートから海兵隊を緊急展開するとともに、空挺師団から約750人を増派すると発表した。さらに、イラク在住のアメリカ国民を国外に退去させた。
「ベンガジの悪夢」と重なった大使館襲撃
イランと米国の衝突はそれまでもたびたび起きていたが、米政府関係者によれば、その背後にはイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の存在があるという。
ケンタッキー州レキシントン郊外に住むエリック(40代)は、テレビで大使館が群衆に襲撃される映像を見ながら、大きなショックを受けたという。
「民主党支持者たちだって、あれを見ているはずだ。それなのに、ソレイマニを殺害したトランプを非難しているのが、僕には信じられない。トランプは大使館を守り、我々アメリカ人の命を守ろうと、すぐに対処し、勇敢な行動に出た。『ベンガジの悪夢』を知っているからこそ、トランプに心から感謝しているよ」と話す。
「ベンガジの悪夢」とは、2012年9月、エジプト、リビア、イエメンの米在外公館で、イスラム過激派による襲撃事件が起き、リビア東部の都市ベンガジにある米領事館では、米大使ら4人が犠牲になったことを指す。
この事件は、米国で作成された映画「Innocence of Muslims(イノセンス・オブ・ムスリム)」がイスラム教を侮辱しているとし、イスラム過激派が抗議したものだった。
その時、米大統領は民主党のバラク・オバマ氏、国務長官はヒラリー・クリントン氏だった。トランプ氏は当時から、オバマ大統領の「弱気な姿勢」を非難していた。
ソレイマニ司令官殺害について、「事前に議会に通告がなかった」と批判されていることについて、私の知人でトランプ支持者のレイチェル(60代、フロリダ州タンパ在住)は、「瞬時に判断を迫られる緊急事態で、そんな余裕があるはずがない。しかも、民主党議員が知ったら、情報をリークするに違いない」とまくし立てる。
トランプ氏自身がオハイオ州の支持者集会で、まさにそう語っている。また、ソレイマニ氏が他の米大使館の襲撃も計画していたと明かした。これについてマーク・エスパー米国防長官は、そのような情報は把握していないと、食い違いを見せている。
クッズ部隊の狙いは「エルサレム奪還」
米国には、40年前の苦い経験もあった。1979年11月、イランの首都テヘランの米大使館に学生のデモ隊が乱入。これを占拠し、アメリカ人外交官やその家族52人を人質にした。
ジミー・カーター大統領(当時、民主党)は、対応の拙さと遅れを厳しく非難されて国民の指示を失い、次の大統領選では共和党のロナルド・レーガン氏に敗北。人質はカーター氏辞任の日に444日ぶりに解放された。
トランプ氏は、ソレイマニ氏殺害に対してイランが報復に出れば反撃し、「52目標を破壊する」と威嚇した。「52」はイランの米大使館人質事件で人質になったアメリカ人の数だ。
ソレイマニ氏の指揮により、イラク戦争に関係する戦闘で米兵600人以上が殺されていることもあり、ベンガジとイラン大使館人質事件の二の舞は踏まないという思いが、トランプ氏にはあったようだ。
ソレイマニ司令官は、イランで「英雄」と称えられる一方で、国内でも自由と民主主義を求める反体制派にとっては、残虐で暴力的な独裁者だった。
トランプ氏は今回の決断で、大統領選を前に「リーダーとしての強さ」を見せつける狙いもあっただろう。
2020年1月3日、フロリダ州マイアミで行われた、トランプ氏の厚い支持基盤とされるキリスト教福音派の集会で、「昨夜、私の指示で米軍はテロリストを殺害した」とその正統性を強調している。
2019年12月、福音派のある有力誌が立て続けに、大統領罷免を求めるなど、トランプ氏を非難する論評や社説を掲載。危機感を強めたトランプ氏は、その直後に、この年明けの福音派支持者集会の開催を発表した。
ソレイマニ氏が司令官を務めていた「クッズ部隊」は、「イスラム教徒の土地」の解放を目的としている。「クッズ」はアラビア語の「エルサレム」にその由来があり、パレスチナのテロ組織「ハマス」も支援する。
これは、イスラム教にとってメッカ、メディナに次ぐ第3の聖地エルサレムの奪還を狙うことを意味している。
一方、白人キリスト教福音派の8割超は、「イスラエルは神がユダヤ人に与えた土地」と信じている。
「神によってつかわされたトランプ氏」
オバマ氏やジョージ・ブッシュ大統領(息子、共和党)も、選択肢にはあったが実行することはなかったソレイマニ司令官殺害。
トランプ氏はなぜ今、踏み切ったのか。
「弾劾裁判から目をそらすためだ」、「さらなる米大使館攻撃の計画など、作り話だ」と反トランプ派は批判している。
「今なら米国が強気に出られるから」との指摘もある。
米国は、シェール・オイルの開発でサウジアラビアやロシアをしのぐエネルギー大国になった。シェール・オイルの限界を危惧する声もあるが、中東の石油に頼り切っていた以前とは状況が変わった。
一方、イランでは、米国の厳しい経済制裁により財政が悪化。インフレが進み、ガソリン価格が高騰している。国民の不満が爆発し、米国を相手に戦っている場合ではない。
2020年1月3日の集会で、トランプ氏は福音派たちに訴えた。
"And I really do believe we have God on our side. I believe that. I believe that."
「で、私は本当に信じているのですが、我々には神がついています。そう信じている。そう信じているんです」
福音派や正統派ユダヤ教徒の多くが信じるように、「神によってつかわされたトランプ氏」が、大統領選で再び勝利を手に入れるか。
神のみぞ知る。
(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。