元衆院議員の三宅雪子さんが2020年1月、都内で、遺体で発見されたと報じられた。自殺とみられる。各メディアが伝えている。54歳。
ツイッターなどで公開されている携帯電話番号は1月6日16時時点でつながらず、留守番電話設定となっている。代表を務めるとされる都内の企業にもJ-CASTニュースが電話したが、やはり留守番電話の自動応答が流れるばかりだった。
転倒事件で騒がれたが...
内閣官房長官などを務めた政治家の石田博英氏を祖父に、外交官の三宅和助氏を父に持つ(いずれも故人)。フジテレビでは報道局記者などを務めた。
2009年、当時の民主党・小沢一郎代表代行の誘いを受けて群馬4区から出馬、福田康夫元首相を相手に小選挙区では惜敗したものの、政権交代の波に乗る形で、比例区復活で初当選を果たした。小沢氏に近い女性議員ら、いわゆる「小沢ガールズ」の代表格として注目される。
2010年5月、衆院内閣委員会での採決をめぐり起きたもみあいの中、転倒し負傷する。この際、自民党の甘利明議員に押された、と主張し論争に。当時のJ-CASTニュースの記事によれば、転倒の瞬間を収めた動画がYouTubeで100万回以上再生されたり、騒動を揶揄したTシャツが作成されたりするなど、ネット上の話題を集めたという。
政界再編劇では小沢氏と行動をともにし、国民の生活が第一、日本未来の党、生活の党に参加する。2012年衆院選、2013年参院選にそれぞれ出馬するが、いずれも落選した。その後、周囲とのトラブルを理由に生活の党を離れた。
ルポライター、インタビュアーとして精力的に活動
離党後も政治活動を続ける一方、「ルポライター」の肩書きで日刊ゲンダイなどに寄稿し、またYouTubeなどで識者へのインタビュー動画を配信するなど、近年はジャーナリズムでの活躍が目立った。死の直前となる2019年12月に入っても、野党による合同ヒアリングにその姿が。YouTubeでは12月27日、弁護士の嶋崎量氏へのインタビューを投稿しており、これが最新の更新となっている。
議員時代から日々発言を続けていたのがツイッターで、フォロワー数は6万人を超える。ツイッターでは、各メディアの記事に感想や、持論をつぶやくことも多かった。あるときには、J-CASTニュースに掲載されたある記事の筆者に直接コンタクトがあり、激励の意を伝えられたこともあった。最後のツイッター投稿は12月30日で、取り組んでいる裁判傍聴や、政界の動向への見解などに加え、腰痛など持病への不安や、周囲への感謝などが入り混じっている。最後のツイートは、自身の父が登場する書籍の一部分を映した写真とともに、「P82に父が紹介されています」とつぶやくものだった。
(6日19時追記)本文の一部に加筆しました。