「ただのクレーマー」「被害妄想」「可哀想アピールか」――。障害者が暮らしの中で直面する苦労を訴えると、こうした声はインターネット上で一定数あがる。
路線バスへの乗車を拒否された車いすユーザーの男性について、J-CASTニュースが報じたのは2019年7月。男性に寄り添う声が多数寄せられた一方で、厳しい見方も少なくなかった。
この車いすユーザーの男性、酒井建志さん(30)は7月の取材時、バスの対応について胸の内を明かす中で、「今の社会が無意識にもっている差別意識」という言葉を使っていた。そこにはどんな意図が込められていたのか。ネット上の反響をどう受け止めたのか。真の「バリアフリー社会」に向けて大事なことは何なのか。
「僕たちは特別扱いを求めているのではありません。対等に参加できる社会を願っているのです」。あれから約半年が経った12月、改めて取材に応じた酒井さんが、胸中を明かした。
「これは明らかな差別ですよ」「穏便に済ませばいいのに」
酒井さんは7月上旬、滋賀県内の大学にゲスト講師として招かれ、瀬田駅から帝産湖南交通(本社・草津市)が運営する帝産バスに乗ろうとした。すでに他の客が乗り込んでおり、運転士から言われたのは「次のバスに乗ってくれ」。同時に、車いすでの乗車に対応した「ノンステップバス・ワンステップバス」(低床バス)のみのダイヤが書かれた時刻表を示された。ウェブサイトでは公開されていないものだ。
しかし、乗車を断られたそのバスもワンステップバスだった。車体に車いす対応マークも張ってあった。運転士に尋ねると「スロープの出し入れの仕方が分からない」。結局、次のバスが来るまで40分以上待った。酒井さんは同行した講師とともに帝産湖南交通に問い合わせ、後日説明と謝罪を受けた。
同社は7月当時の取材に対し、すべての運転士がスロープの出し入れの仕方を習得しているが、とっさに「分からない」と言ってしまったと明かしていた。また、低床バス時刻表は7年前のものを使い続けており、低床バスの比率は同時刻表作成時に約5割だったのが、すでに約8割にまで増えているとして、同時刻表を改訂すると答えていた。
当時のJ-CASTニュースの取材に、酒井さんは胸の内をこう明かしている。
「百歩譲ってスロープ設備がない車両なら『乗れない』のは分からないでもありませんが、スロープ設備があり、『物理的に乗れる』にもかかわらず、予め決められたノンステップ・ワンステップバス時刻表に縛られて『乗れない』としたのは運転士、バス会社、そして今の社会が無意識にもっている差別意識かなと考えます。職員研修や考え方の刷新を求めたいです。
駅員やバス会社は私たちに対して平気で『待ってくれ』と言います。でも同じように駅員等の支援が必要な外国人や高齢者のひとにそんな発言してるところは見たことないです。つまり、外国人や高齢者は客の対象として捉えているのに、極論で言えば障害者は客として認識されていないのか、と最近思っています。『待ってくれ、乗れない』などの発言は私たちにとって、発した人が思うより重い意味を持つのです」
直面した不合理さへの偽らざる心境だった。インターネット上では記事公開当時、
「車いすだろうが、歩ける人だろうが、同じお客に変わりないって認識がそもそも足りて無い これは明らかな差別ですよ 認識をアップデートした方が良いぞ」
「障害者は色々な場面、色々な意味で行動に制約を受ける。寛容な社会になりますように」
「この方がこうやって大ごとにしなければこの会社はまだまだ気付かずにいたと思う」
「日本全国のすべての公共交通機関で、車いす対応が常時可能になるのはいつの日だろうか?」
と酒井さんに寄り添う声が多数書き込まれた。ただ、そうした声ばかりではなかった。
「なんだかこれは変だよ? ただのクレーマーにしか見えないんやけど?」
「穏便に済ませばいいのに、わざわざ記事にして俺可哀想アピールか」
「ゴリゴリの障害者系クレーマーじゃん。被害妄想だよ」
望むのは「誰もが平等に暮らせる社会=インクルーシブな社会」
あれから約半年弱が経った12月19日、酒井さんが改めて取材に応じた。7月の路線バスでの出来事は、先のとおりネット上で注目されたほか、テレビのワイドショーなどでも取り上げられ、議論が交わされた。世間の話題となったことに「複雑な気持ち」を抱いた。
「今回の件を通じて多くの人が障害当事者の意見を聞き、少しでも考える機会になったことは嬉しく思います。重度障害者の国会議員が誕生した時期とも重なって一時的に『障害者』の話題が盛り上がりました。しかし報道の熱が冷めるにつれ世間の関心も薄らいできているかと思います。
障害当事者は日々、健常者なら経験しないような不快な思いをすることがあります。差別や偏見は日常的に続くもので、一時的な盛り上がりや低下はありません。運動の甲斐もあって徐々には減ってきていますが、まだまだ私たちが望む『誰もが平等に暮らせる社会=インクルーシブな社会』には程遠い現状です。今回の私の件も障害当事者からすれば氷山の一角で、その裏にはもっともっと多くの事例があります。社会が変わっていくためには、継続して考えることが重要です。そのためにも引き続き私たち障害当事者の声を聞いてほしいです」(酒井さん)
酒井さんは生まれつき脳性麻痺があり、その中でも不随意運動(意図せず体が動くこと)などが起きるアテトーゼ型に分類される。電動車いすは独力で操縦でき、1人住まい。毎日の電車通勤も1人でしており、NPO法人障害者自立生活センター・スクラム(大阪市)で社会福祉士、障害者相談支援専門員として、地域の障害当事者の相談を受けている。「障害当事者が地域で自分らしく生活できるよう、権利擁護や啓発活動もおこなっています」と尽力する日々を過ごす。
一方、「日常生活すべてにおいて介助が必要です」と暮らしの中でヘルパーの介助は必須だ。「筋力はありますが、コントロールが難しく、身体が勝手に動く(タイミングよく動かない)などがあります」と酒井さん。言語障害については「口頭での会話が難しいわけではなく、日常会話はもちろん、授業での講演も問題なく口頭でできます。ただ少し聞き取りにくい部分があったり、タイミングよく発声するのが難しかったりする特徴があります」という。
「障害者は健常者より『パワー』を使わないといけないと思います」
ネット上で散見された「クレーマー」などとする中傷コメントを、本人はどう感じているのか。率直な思いを尋ねると、酒井さんは「社会にはいろいろな人がいて、それぞれに考え方も違って当然です」とし、「しかし」と続けた。
「何度も言うように僕らが目指しているのは障害の有無に関係なく、すべての人が参加しやすい社会。その観点で言うと、障害者は健常者より『パワー』を使わないといけないと思います。
今の社会、健常者は交通機関を使うことが簡単にできます。ネットで時刻表を調べて自分の好きな時間・場所などで乗車できます。階段を使い移動して、駆け込み乗車もできます。障害者はたとえ時間を調べて行っても、それができないことが多いです。
7月の件では時間通り行っているにもかかわらず『乗れません』と言われ、ノンステップバスが保障されている時刻表はネット上に記載はなく、現地に行かないと分からないという状態でした。調べる方法すら用意されていない、そこが、社会が無意識にもっている障害者への差別意識ではないでしょうか。
本音を言えばすべてのバスがノンステップになり、車いすユーザーや視覚障害者、すべての人が乗れる交通機関になることが理想です。バス以外にも電車やタクシーにも当てはまります。少しずつそうなってきているのですが、まだまだ時間が必要な部分もあります。
その中で今すぐできることとして、ノンステップの保証がある時刻表があるのなら、それを調べられるようにしてほしいです。それは障害者のわがままではありません。あくまで健常者と同じ条件にしてほしいと言っているだけです。僕たちは特別扱いを求めているのではありません。対等に参加できる社会を願っているのです」(酒井さん)
対応に動き始めたバス会社。しかしジレンマも
帝産湖南交通も、7月の一件を受けて改善に乗り出していた。J-CASTニュースの12月23日の取材に応じた同社担当者は、「ノンステップ・ワンステップバス時刻表は(実態に合ったものに)新しくしました。見やすくなっていると思います」と話す。あくまで「固定できる低床バスのダイヤを増やした」といい、同時刻表に書かれていない便でも低床バスの可能性がある。
ウェブサイト上で時刻表が閲覧できるシステムづくりにも着手している。ダイヤの変更にも即時に対応できるようにするため「専門業者に依頼している」といい、「時間はかかりますが、対応は進めています」と話す。
運転士教育も見直した。
「今までは『安全確保』が最大の判断基準。乗務員(運転士)が車いす利用者を乗せるのは危険だと判断すれば、そこでもうお断りしていました。車いすの方の乗車スペースに他のお客様がすでにいて塞がっている場合などです。
しかし7月の問題を受けて、どんなタイミングでも、まず無条件に乗っていただける努力をするよう義務付けました。他のお客様に声をかけてスペースを空けるようにする。それでも空かない場合は、車いす利用者にもその状況を見ていただければご理解いただけると思っております。乗務員だけで無理だという判断をせず、まず乗っていただくことを前提に行動し、最大限努力する。それでもトラブルのようなことが起きれば、一度慌てず会社に連絡するようにと指導しています」(担当者)
ジレンマもある。「安全面に関して、乗務員が運転席を離れ、車いす利用者の対応に時間を使うあまり『誰かに運転席が乗っ取られるようなことがあったらどうするんだ』とお叱りを受けたこともあります。簡単にバスジャックされないかと」。担当者は「まだ完全なバリアフリーのためには改善点があります」と頭を悩ませる。
それでも「7月の問題が起きないことには、当社もこうした改善点に気付くことができませんでした。今まで、車いすの方々に諦めていただいていたのだと思います」と、意識の変化が起きている。担当者によれば、全国での同様の事例の情報収集に努め、他社の対応も参考にしながら、引き続きさまざまな点で改善を検討していく。また、大津市の障害者団体とも議論の場を設けており、互いに問題提起ができる環境をめざしている。
「お互いに、乗りやすい、走りやすい環境を作っていければ。細かい点で不具合もあるでしょうし、教えてもらえば改善したい。逆に当社で対応が困難なケースがあったとしても、丁寧に説明することで、理解してもらえることもあるでしょう」(担当者)
「バリアフリー」という言葉に感じることは...
改善点でいえば、気になることがある。酒井さんは11月のある平日にも同じ大学のゲスト講師に招かれ、7月と同様に帝産バスを利用した。正午ごろに瀬田駅から乗ろうとしたが、3本続けて低床式でないバスが来た。物理的に乗ることができなかったため、結局40分以上待った。運行するバスの約8割が低床バスだとすれば、少なくとも2本に1本は来るはずではないかと疑問を覚えたという。
J-CASTニュースが帝産湖南交通に問い合わせると、「どうしても偏りは出てしまいます。全時間帯均等に分散できているわけではなく、10本来たら必ず8本が低床バス、という風に上手くはいきません。平日はラッシュの朝夕に本数を多くし、昼間は少なくしているという配分の関係もあります」と説明した。それでも「ご指摘はもっともだと思いますので、今後検討します」と話していた。
障害者差別解消法(2016年施行)は、障害を理由として正当な理由なく、サービスの提供を拒否・制限したり、条件を付けたりするような行為を「不当な差別的取扱い」として禁止している。事業者は、障害当事者らから配慮を求める意思表明があれば、負担になり過ぎない範囲で、社会的障壁を取り除くための「合理的配慮」に努めることが求められる。この配慮をせずに障害者の権利利益が侵害される場合も差別に当たる。同法に基づいて政府が示した基本方針では、同法の「合理的配慮」実現のための環境整備として、バリアフリー法が定める公共施設や交通機関の「バリアフリー化」などに努めることとしている。
本当のバリアフリー社会実現のために、大事なことは何なのだろうか。酒井さんは最後に、次のように思いを明かした。
「『バリアフリー』という言葉は、その裏に『社会参加するうえで障壁となるバリアがあることが前提で、それを取り除く』という意味があると考えます。確かに分かりやすい表現ではありますが、僕たちが目指していることとは少し違います。
『心のバリアフリー』などという言葉をよく聞きます。それも、それだけでは個人の範疇の内で終わってしまう。キーワードは『インクルーシブな社会』です。そもそも障壁などなく、障害の有無に関係なく、各人が自分らしく生き、持てる力を最大限発揮できる社会を目指すべきものだと考えています。社会を変えることを考えるときには、今までの考え方からもう一歩踏み込む必要があると思います」
(J-CASTニュース編集部 青木正典)