岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち 大統領弾劾で、福音派は背を向けたのか

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   「Impeachment(弾劾)」――。件名にこう書かれたメールが、2019年12月19日に私のもとに届いた。トランプ嫌いのアメリカ人の知人(70代)からだった。メールに添付された画像は7枚とも、「トランプ弾劾」と大見出しが踊る全米有力紙の一面のトップ記事だった。

    彼女から間髪入れずに届いた次のメールには、「Top Evangelical Magazine Calls for Trump's Removal From Office(福音派の有力誌、トランプの罷免求める)」と題する記事が添付されていた。米キリスト教福音派の「クリスチャニティ・トゥデイ」誌が、米議会上院での弾劾裁判でトランプ氏を罷免すべきだと訴えた論評について書かれたものだ。

   トランプ氏が大統領に就任した2017年1月の翌月、フロリダ州ダニーデンに、その知人を訪ねた時のことを思い出した。この連載「岡田光世『トランプのアメリカ』で暮らす人たち」を執筆していると、隣に住むジェリー(70代女性)に知人が私を紹介した。

   ジェリーが「反トランプ」だと信じ切っていた知人は、彼女が実は夫ともどもトランプ氏を熱烈に支持するキリスト教福音派であり、私が一緒にメガチャーチの礼拝に参加したとあとで知り、大きな衝撃を受けていた。

   知人から送られてきたどちらのメールも、本文には何も書かれていなかったが、鬼の首を取ったような本人の顔が浮かんだ。

  • 福音派の教会のひとつカルバリー・チャーチのホームページ
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福音派有力誌がトランプ罷免求める論評

   2019年12月18日、民主党主導の米下院本会議は、トランプ大統領の弾劾訴追決議案を可決した。このあと、上院で弾劾裁判が行われることになるが、上院は共和党が多数を占めており、有罪となる可能性は低いと見られている。

   訴追条項は、バイデン前副大統領とその息子が関わる、ウクライナの企業とのスキャンダルを捜査するように、同国大統領に要請したこと。さらに下院の弾劾調査中、行政機関や政府職員に対し、証人喚問や書類提出などの協力を拒否するように命じたことだ。バイデン氏は、2020年大統領選の民主党候補であり、トランプ氏のライバルとなり得る。

   「クリスチャニティ・トゥデイ」の先の論評で執筆者のマーク・ガリ編集長は、トランプ氏はウクライナ疑惑をめぐり、「憲法に違反し、道徳にも大きく反した」と厳しく批判している。同氏はその後のインタビューで、「自分の論調に反対する福音派は、『極右』だ」と非難した。

   「クリスチャニティ・トゥデイ」誌は12月22日にも、トランプ氏批判の記事を掲載した。同誌のティモシー・ダルリンプル社長が、「私たちの大切な理念のために、いろいろ 貢献してくれた」とトランプ氏を評価したものの、福音派がトランプ氏を受け入れることは、同氏の「甚だしい不道徳、強欲、汚職、対立を生む言動、人種攻撃、移民や難民に対する残酷さや敵意に縛り付けられることを意味する」と主張。大統領への忠誠心についてよく考えるように、と信者らに忠告した。

   キリスト教福音派は、プロテスタントのなかでも保守的な右派で、聖書原典の内容を完全に正しいものと解釈する人も多い。米人口の4分の1を占め、トランプ氏の強い支持基盤であることから、同氏の罷免を望む人たちは「福音派もついに目が覚めたようだ」、「福音派にもまともな人がいたらしい」と、口をそろえる。

   マスコミはこぞって、「福音派がトランプに背を向けた」、「これから起きることの兆候」と報道。「クリスチャニティ・トゥデイ」の論評を勇気ある行為と称賛した。

福音派指導者は「声を代弁していない」と糾弾

   2019年12月22日、福音派指導者約200人は、「クリスチャニティ・トゥデイ」誌の社長宛の共同書簡を発表、「(同誌は)トランプ氏を支持する福音派の声を代弁していない」と糾弾した。

   書簡で、「私たちは執筆者の言うような『極右』の福音派ではなく、聖書を信じるクリスチャンであり、愛国心の強い米国人です」とし、大統領が自分たちの忠告を求めてさまざまな政策を実施してきたことに感謝している、と訴えている。

   このような動きに対して、福音派の信者たち自身はどのように感じているのだろうか。

   テキサス州オースチン郊外に住むエミリー(40代)は、「クリスチャニティ・トゥデイ」の論評を、オンラインで読んだという。

   「福音派といえば、トランプを支持していると思われることにはうんざりしていた。トランプの罷免を望んでいる人たちの声を伝えてくれて、胸がスッキリしたわ」と話す。

   一方、私の知人でトランプ支持者の男性(ニューヨーク市在住、40代)は、「トランプの弾劾訴追は、トランプを支持している僕らが侮辱されたように感じるね」と憤慨する。

   ジョージア州コロンバス在住のマシュー(50代)は、「僕は福音派だけれど、「クリスチャニティ・トゥデイ」なんていう雑誌も執筆者も聞いたことがない。たったひとり、しかもカリフォルニア出身のリベラルなやつが書いた記事に、マスコミが飛びついて、あたかも福音派全体がトランプ氏を見捨てたように報道するのは、おかしな話じゃないか」と首を傾げる。

   同誌はこれまでにも、トランプ氏の移民政策を批判するなど、同氏の厚い支持層とは異なるスタンスをとってきた。読者層は、より都市部に住み、比較的、高学歴であるともいわれる。 

   この雑誌は、著名な伝道師・故ビリー・グラハム氏によって創設された。トランプ氏の有力な支持者である息子のフランクリン・グラハム氏は、「論評には同意しない」とし、「(この雑誌は)最もエリート主義のリベラルな福音主義者らを代弁している」と批判した。

   さらに、「トランプ氏が父を信頼していることを知って、父は彼に投票した。トランプ氏が今、この国に必要な男であると信じていた」とツイートした。

「私ほど福音派のために尽くした大統領はいない」

   別の福音派雑誌「クリスチャン・ポスト」は、「クリスチャニティ・トゥデイ」の論評を、「クリスチャンらしからぬ行為」と厳しく批判。「福音派はこれまでずっと、トランプ大統領を強く支援し続けてきた」とし、今後もそれは変わらないとのスタンスを取っている。

   同誌が「チーム・トランプ」への参加表明を社説で掲載することをめぐり、「そういう媒体にはいられない」と編集者が辞任する旨を、23日に本人がツイートしている。

   白人の福音派の多くは、トランプ氏の非道徳な行為を認めている。それでも、人工妊娠中絶や同性結婚などに対して保守的な価値観を守り、経済も好調なことから、「人は皆、不完全な存在である」と目をつぶっているようだ。

   「ポリティカリー・コレクトの行き過ぎに、トランプ氏がブレーキをかけてくれた」と感じる人も少なくない。ニューヨークなどの都会では、キリスト教以外の宗教に配慮し、年末年始には「ハッピー・ホリデイズ」と挨拶を交わす人も多くなったが、「クリスチャンなのに、「メリークリスマス」と言いにくいような風潮はおかしい」と憤慨するキリスト教徒は、福音派以外にも少なくない。

   福音派のなかにも、トランプ氏を批判する人もいれば、多くの正統派ユダヤ教徒たちのように、トランプ氏は神によってつかわされたと信じる人もいる。

   「クリスチャニティ・トゥデイ」の今回の"仕打ち"に、「私ほど福音派のために尽くした大統領はいない」とトランプ氏は苛立ちを隠さない。

   この論評が掲載された直後、共和党陣営は2020年1月3日に福音派の支持者集会を南部フロリダ州マイアミで開催すると発表した。ここに来て、福音派の支持を失うわけにはいかない。

   いよいよあと2日で、大統領選の2020年を迎えようとしている。   (随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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