「なぜ伊藤さんがこれだけの嘘を言っているか分かりません」。2015年に同意のないまま性的行為に及んだとして330万円の賠償を命じられた元TBSワシントン支局長の山口敬之氏(53)は会見で、自身を訴えた伊藤詩織氏(30)の主張に疑義を唱えた。ジャーナリストとして出席していた伊藤氏本人を目の前にして、である。
山口氏に続いて、その伊藤氏も会見した。「嘘をついていると言われたが、どうか?」。報道陣に問われた伊藤氏は、山口氏に静かに反論した。
山口氏「私は真実を述べています」
伊藤氏が性的暴行を受けたとして山口氏を訴え、東京地裁が山口氏に賠償命令を出した判決の翌日となる19年12月19日、山口氏、伊藤氏の順に、日本外国特派員協会(東京都千代田区)でそれぞれ会見した。
山口氏の会見に同席した代理人・北口雅章弁護士は、伊藤氏が自著『Black Box(ブラックボックス)』(文藝春秋、17年10月刊)や裁判での供述において「明らかに嘘をついています」と主張した。伊藤氏のカルテはすべてチェックしたといい、次々に指摘する。
「彼女は『山口さんに会って、ビザの話を相談しようとしていたが、山口さんはビザの話を一切してくれなかった』といいます。ところが、カルテには『ビザの話をした』と書いています」
「彼女は『元検事のおじ』がいるとしていますが、彼女に元検事のおじなどいません。その元検事のおじは、山口さんが日本にいるか米国にいるかを『外務省』に照会して調べなさいと言っています。しかし出入国管理は外務省でなく法務省の管轄です。検察官は法務省の人間です。検察官が自分の管轄を間違えるわけがありません」
「裁判所は、彼女の供述に『重要な部分で変遷がない』と認定しているが、私は重要な部分で変遷があると思います。最初は『意識がない状態で夜中にレイプされた』と言っていました。ところがその後、精神科医師には『記憶がない』と話していた。『ブラックボックス』では、『朝になって強姦致傷という重大な性犯罪を受けた』という主張に変わっていた。これほど重要な変遷があるのに、変遷がないという判決は理解できない」
山口氏自身も、伊藤氏の主張に疑義を呈している。
「なぜ伊藤さんがこれだけの嘘を言っているかは分かりません。ひとつは、元検事がいるという明らかな嘘をついた。私個人としては、伊藤さんの人間性を攻撃したいと思いません。でも私は真実を述べています。私から見れば、伊藤さんは嘘つきの常習犯です」(山口氏の英語の発言を、通訳者が和訳)
記者席には伊藤氏本人がいて、山口氏の話を聞いていた。会見後の囲み取材で山口氏は、こうした状況についても述べている。
「伊藤さんに来てほしくない気持ちは、私にはまったくありません。できるだけオープンにお話しをしたい。どちらの主張にも確固たる客観的証拠がない事案ですから、それぞれの発言を聞いてほしい。僕は今まで黙っていましたので、伊藤さんの話を聞けばそれを信じてしまうのも分かります。私から発信しないと、伊藤さんの主張だけが、判決や皆さんの原稿・番組に出てしまうなら、機会があれば極力説明したい」
「彼女が嘘をついてることにはなりません」
主張に強い自信を見せ続けた山口氏。だが直後の会見で、伊藤氏は「嘘つき」の指摘に反論した。
「弁護士さんは『ブラックボックス』を読んだといいますが、それなら私が『嘘つき』でないことを理解できるはずです。
弁護士さんは、私が受診したクリニックのカルテに『記憶がまったくない』と私が述べたとしています。しかし、私は(事件当日に山口氏と訪れた)寿司屋のトイレに行った時点で失神しました。その後で起きて、ひどいことがされていて、痛い痛いと叫んだ。寿司屋のトイレから起きるまでは記憶がないですが、起きた時点からの記憶はあります。
おそらく私は受診した時、『一部の記憶がない』と申し上げたと思います。その話を聞いていた医師や看護師さんは、調査の専門家ではありません。判事は、私の話には変遷がないと判断しました。私の話には一貫性があります」
伊藤氏の代理人・村田智子弁護士が付け加える。
「彼女が事件後に行った産婦人科について、昨日の判決には、このカルテの記載内容の正確性には疑いがあるとはっきり書かれています。カルテの記載と彼女の記憶が矛盾するからといって、彼女が嘘をついてることにはなりません」
「元検事のおじ」について、伊藤氏は「正確にはおじは副検事です」と反論した。村田弁護士も「副検事と仕事で会うことがよくあります。副検事さんのことも検事さんと呼びます。法律の専門家でない方が、副検事を検事と呼ぶのはごく自然なことだと思います」と指摘した。
「アンフェアだと思います」
さらに伊藤氏の会見後に行われた囲み取材では、別の応酬があった。この事件で伊藤氏を批判的に論じてきた小川榮太郎氏が、伊藤氏のすぐそばに立ち、質問した。
「この件、私は裁判資料から何から詳しく調べました。そして月刊『Hanada』(飛鳥新社)に3度にわたって詳細な議論を掲載しました。その観点から言うと、伊藤さんの今日までの証言は、カルテと監視動画という、2つの最も客観的であるはずの資料に反しているところが非常に多いと感じています。そして、そのカルテも動画も公開していません。
この状況で世界中のメディアの前で性被害を訴えるのはアンフェアだと思います。全て情報を公開して、公開情報のもとでもう一度世界のメディアと向き合われるほうがいい。山口さんもだし、私も一ジャーナリストとしてこの問題、もう少し伊藤さんと議論できたらと思っています。そういう機会があれば、応じていただけますか?」
伊藤氏は「ご質問ありがとうございます」と丁寧にあいさつすると、静かに口を開いた。
「2点、カルテと防犯カメラについてです。カルテに閲覧制限がかかっているのは、住所など個人情報の部分です。映像については、こちら聞かれたのでお話ししますが、私はホテルから映像をもらう時、まず他に映っている方にモザイクがかかっていないということで、私が40万円を支払って頂戴した大事な映像です。ですが、これを裁判以外で流すのはホテル側から損害があるので訴えると一筆書かされました。
私もこの動画はとても重要なものだと思っているので、ぜひ皆さんに見ていただきたいです。ただそういった条件で、まず裁判で使うということで頂いたので、皆さんの目に届けられていません。それにもかかわらず、誰かがその裁判資料となっている動画を流していることも事実です」
「ジャーナリストとしてどうなのかと、私は問いたいです」
返答を受けて小川氏は、カルテの点を再質問した。
「カルテの閲覧制限は住所等のみだということですが、すると全てのカルテについて、医師の診断部分は公に論じたり引用したりしていいと考えてよろしいですか? 医療的な部分です。閲覧制限がかかっているので、私も引用に気を使いました。もちろん私は個人情報を公に出すことはしません」
同席していた村田弁護士が「裁判所で閲覧制限がかかっていない部分であれば結構です」と答えると、伊藤さんは「この際ですから」として、小川氏の一連の記事について見解を述べる。
「第1回で書かれた記事で、下着についてご自身で書かれたことも覚えていらっしゃると思います。(編注:書かれたブランドやタイプを説明)。当時、私はすぐにすべての下着を洗ってしまったのでどの下着か分からなくて、3つの黒い下着を警察に出しています。
私は、女性として下着は公開したくなかったです。それを公にされるというのは、色々とお考えになってから書かれてほしい。それが公共に意味があることなのか。私はあなたから一切取材を受けていないです。そうした中で一方的に書かれるのはどうなのか。ジャーナリストとしてどうなのかと、私は問いたいです」
逆質問のような形となった。伊藤氏の話の途中、小川氏は「はい、もちろん」と相づちを打った。現場にいた別の記者が「何が『もちろん』だ」と言う声が聞こえた。
小川氏は「それで」とさらに質問しようとしたが、伊藤氏は「ごめんなさい、私はここであなたと会話するために来ているのではありません。他に質問ある方は?」と目線を小川氏から外した。
小川氏は踵を返して立ち去ろうとした。伊藤氏は「帰っちゃうんですね」と一言述べた。別の記者から「帰らないでください」「恥ずかしいんですか?」といった指摘が飛んだ。小川氏は「いや恥ずかしくないよ」と言って、同じ最前列にとどまった。現場にはザッと40~50人の国内外の記者が詰めかけていた。