死去の中曽根康弘氏、101年の生涯 青年将校から風見鶏、大勲位、そして「暮れてなお命の限り蝉しぐれ」の心境へ

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「侵略戦争」国会で答弁

   ある時期までの中曽根氏は、「ハデな言動や君子豹変をくりかえした」(政治学者の御厨貢氏)。しかし、年月を経につれ、群馬特産の蚕のように脱皮を重ねて少しずつ姿を変える。

   長年近くで接してきた渡辺恒雄氏は、中曽根氏が政治経験を積んで、幅を広げ、謙虚に人の言うことを聞くようになったと指摘、「権力者になって、良い方に変わった」「あれほど聡明な男だとは、思わなかったね」と評価した。(『専横のカリスマ』、大下英治著、さくら舎)

   読売新聞によると、83年には、国会答弁で首相として初めて「侵略戦争」を認めた。改憲論者だったが、首相時代は「現内閣において、憲法改正を政治日程にのせる考えはない」と無理押しはしなかった。

   原発を積極的に推進したが、3・11後は、「この辺で原発中心のエネルギー政策を根本的に再検討したらいいと思っています」とも語っている。

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