多目的トイレで、子どもがドアの「開」ボタンに手を伸ばしている写真が2019年10月下旬、ツイッターに投稿され、ネット上で注目を集めた。
このユーザーは、多目的トイレのドアが「3回くらい開きました」という投稿もしていた。J-CASTニュースでは、投稿者や識者に話を聞き、トイレの設計をめぐる課題を見つめた。
投稿者「構造を見た瞬間リスキーだなと思いました」
話題のツイートを投稿したユーザーは、IT企業に勤務する東京都内の30代男性。男性によると、娘(1歳)のおむつを交換している際、娘が「開」ボタンを押してしまったという。男性は取材に対し、
「構造を見た瞬間リスキーだなと思いました。そのときはたまたま夫婦ふたりいたので、おむつを交換する係と、(ドアを)開けるのを防ぐ係に分かれていたのですが、それでも隙をついて押されてしまいました。二人は用を足していたわけではない(そもそも交換中に台を離れることはできない)のですごく困ったというレベルではないですが、外に目隠しもない構造だったので、急に開いてやや恥ずかしい思いはしました」
と当時の心境などを明かした。
一方、男性は、「当時の事情を知りたい気持ちは若干ある」としつつも、「いますぐ対策してほしいとか、糾弾するような気持ちは微塵もありません」とことわった。「個別の施設から『ご迷惑をおかけするなら撤去します』とか『設置時の基準を厳しくします』といった回答を得ることは望んでいません。一利用者として、設計はクソでもないよりはあったほうが百倍マシだからです」。
また、男性は次のように主張した。
「提供される側もいろいろと制約があるなかで対策してくださっているでしょうから、それについては感謝しかありません。今後新しくできる多目的トイレについては、赤ちゃんだけでなくオストメイトなど多様なニーズにこたえたものがもっと増えると良いなと思っています」
施設側「トイレ改修時にベビーベッドを追加で設置」
J-CASTニュースでは、当該施設の広報事務局にも取材を申し込んだ。11月12日、広報事務局を通じて、施設側からは文書で次のような回答を得られた。
「多目的トイレの設置経緯につきまして、館内に設置をした段階では、お身体に障害のある方、オストメイト(編注:人工肛門や人工膀胱を持つ人)の方のために設計をいたしましたので、開閉ボタンも車椅子をご使用される方も押せる高さで設置しました。その後2006年のトイレ改修時に現在のおむつ替えができるベビーベッドを追加で設置したため、現在のような位置に開閉ボタンがくるようになってしまったと思われます」
また、施設側は、「開閉ボタンの位置変更等改善方法について検討しましたが、トイレのスペースの都合上、ベビーベッドおよびボタンの位置を変更することが難しいため、今後は注意喚起のためのご案内の掲示、ご利用のお客様への適切なご案内をおこなってまいります」とした上で、「サービス向上、快適な設備環境の整備に努めていきたいと存じます」などと回答した。
背景には、どんどんと増える「目的」が...
今回の多目的トイレの設計を識者はどう見るか。J-CASTニュースでは11月18日、一般社団法人日本トイレ協会の運営委員で、東洋大学客員研究員の川内美彦氏に電話取材した。
川内氏は、「入り口すぐそばの『袖壁』と呼んでいるところにボタンを付けているように見える。あの位置は割と付けがち。狭い中でおむつ替え台なども入れてしまおうとすると、あんなことが起こる」と指摘する。さらに、「確かに赤ん坊が寝転がったら、すぐそばに(ボタンが)ありますので最悪の位置ではあるが、設置する人がそこまで気を配ってやっているかというと、残念ながらそこまで気を配ってない人の方が多いのではないか」などと推測する。
多目的トイレの設計をめぐっては、以前からネット上でツイートが拡散され、注目を集めた。2018年9月にも、子どもの手が届きそうなところにトイレのボタンが設置されている様子を伝えるツイートが拡散された。
川内氏は、「ベビーベッドや赤ん坊を座らせる椅子が、しばしばボタンのそばになることはあります。手動のドアだと高いところに鍵をつけることがよくありますが、電動ドアというのはそれがないので盲点だったのもしれません」と説明する。
また、多目的トイレ(多機能トイレ)に、さまざまな機能を入れすぎたことも、背景にあるのではと指摘する。
「昔は、車いす使用者専用トイレを作っても、今ほど車いすを使う方が社会に出てこなかったこともあり、なかなか使われなかった。そのため掃除道具入れになったり、目的外使用が起こったりして、これはだめだと鍵をかけた。本当に使いたい人が鍵を開けて使う形にして、鍵はお店に保管するような形をとったが、店の時間が終わると、トイレに行けないとか(鍵を保管している)店がどこにあるかがわからないとかいうことが起きて、鍵はやっぱりだめだとなった。鍵をなくすと元のような目的外使用が増えるので、『どなたでもお使いください』ということにして、もっと人々の目に触れるようにして、人々の目で監視しようという方向にいった。東京都は条例で『だれでもトイレ』という名前にしたが、『どなたでもお使いください』としたら、『じゃあどなたでも使えるような設備がいるじゃないか』という話になって、子育て設備などを入れたわけです」
キーワードは「機能分散」?
「子育ての関係の設備やオストメイトのパウチ(編注:排泄物をためるストーマ装具)を洗う器具や大人用ベッド、いろんなものが中に入って非常にややこしくなっている。いろんな人が使うので、車いす使用者が使おうとすると、(トイレが)使われていて、本来使いたい時に使えないことも出ている。車いす用トイレに何でも入れすぎた反省から、今、機能分散を進めようとしている。車いす用トイレは車いす用トイレ、おむつ替え台の設備は別のブースに、オストメイトは別のブースにと分けていこうとしている。それが1つの解決方法だと思います。そうは言っても、『多機能トイレ』がまったくなくなるわけではない。広ければ壁面にスペースがあるので、ああいうこと(ボタンとベッドの位置が近い問題)を防げる。設計者なり施工者が、こういう問題が起こることを自覚して位置を決めることが重要」
とはいうものの、機能の分散化が「望ましいかどうかはまだわからない」という。
「機能分散をしても、どのブースにどの機能があるかわかることが重要。それから、例えば行列ができていたら、自分の使いたい機能以外のブースが空いていても(そこに)入らざるを得ないことがあります。利用者も果たしてこのブースの機能で自分の目的が達せられるのか、ちょっと意識して使っている人がどれだけいるか。みんな、どのトイレのブースも同じだと思っているじゃないですか。いろんな目的のブースを作ったところで、利用者が使い切れるかどうか、次の問題として残っている。それ(機能分散)は始まったばっかりなので、よくわからない。これでうまくいくというのが見えてくるまでには、もう少し時間はかかる」
さらに川内氏は、次のように指摘した。
「トイレそのものが、さまざまな実験を重ねながら来ている。実験を始めたときはそれでもいいが、人々が慣れてくると違う使い方が出てきて、また変えていかなくちゃいけない。ずっと繰り返しです」