やはり井上尚弥は「モンスター」だった 「2人のドネア」制した36分間の死闘

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   ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)バンタム級決勝戦が2019年11月7日、さいたまスーパーアリーナで行われ、WBA、IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(26)=大橋=が、WBA世界バンタム級スーパー王者ノニト・ドネア(36)=フィリピン=を3-0の判定で破り優勝した。

  • 井上尚弥(2016年撮影)
    井上尚弥(2016年撮影)
  • 井上尚弥(2016年撮影)

戦前は勝負の行方よりも井上のKOに注目が

   12回、試合終了のゴングが鳴らされドネアと抱擁を交わす井上の右目上は、ぱっくりと割れ鼻から出血していた。これほどまでに井上が被弾する姿を戦前、予想していたものは多くはなかっただろう。世界5階級を制した36歳の「フィリピンの閃光」は、盛りを過ぎたレジェンドとの見方が大半を占め、ファンの間では勝負の行方よりも何ラウンドで井上がドネアをKOするかに興味が集まっていた。

   井上は苦戦を強いられた。最大の原因は2回にドネアの左で右目上をカットしたことによるだろう。プロキャリアで初めて顔面をカットし、右目に流れ込む血の影響で2回以降はドネアが2人に見えたという。試合中に右目上をカットすれば、精神的に動揺を与え、当初の戦略を変更せざる得ない状況に追いやれるケースもある。

   試合開始早々の2回に相手のパンチによってカットしたことで、より慎重に戦わなければならなかった。傷口は深く、試合後は5針縫ったという。パンチによるカットなので、傷口が広がり、出血が止まらなければその時点で試合を止められ井上のTKO負けとなる。「2人のドネア」が繰り出す左フック、左ジャブを避け、その上で攻撃する。精神的なストレスは相当なものだっただろう。

勝敗を分けた11回の左ボディー

   この一戦では、井上らしからぬまともにパンチを食らうシーンが何度もみられた。最大のピンチは9回だった。ドネアの右をまともに受け一瞬、ぐらついた。だが、このシーンをスローで改めて見直してみると、井上がモンスターたるゆえんがよく分かる。井上は目を見開き、パンチを受けている。被弾したとはいえ、パンチが見えているからこそ歯を食いしばり、耐え切ることが出来たのだろう。

   攻撃に関しても大きな影響を与えたとみられる。驚異的なスピードと鉄壁の防御技術を持つ井上は、中間距離での速攻を得意とし、これまで幾度となく対戦相手をキャンバスに沈めてきた。天性の「距離感」と「当てカン」を持つ井上も、さすがに物が二重にみえるようでは距離感がつかめない。このような窮地に追い込まれたボクサーの多くは、接近戦に勝機を見出す。そして、顔面よりも動きの少ないボディーに的を絞る。

   11回にダウンを奪った左ボディーは抜群のタイミングだった。少しの力みもなく振り抜いたその一撃は、ドネアの右腹をとらえた。ドネアは背を向け、そしてキャンバスに両膝をついた。鍛えにくいアゴと比べ、鍛えることが出来るボディーでダウンを奪われることはボクサーにとっては屈辱的なものだ。ダウンするわずか数秒間、ドネアには2つの選択肢があった。耐えるべきか、ダウンか。井上が持つ「凄み」が、ドネアにダウンを選択させたのだろう。

今後は米国に本格的に進出

   プロキャリア19戦で判定までもつれたのはこれで3度目となった。3人のジャッジが全て井上を支持したものの、ジャッジの1人はわずか1ポイント差だった。この採点からも井上が苦しんだ様子が見て取れる。ただ、ドネアとの36分間の死闘で、改めてそのポテンシャルの高さを証明したのも事実だ。12ラウンドを戦い抜くスタミナ、苦境に立った時の対応力、打たれ強さ...。苦戦を強いられたことで図らずも井上が持つ能力を見ることが出来た。

   海外メディアからも称賛された井上は今後、本格的に米国に進出することになる。試合後には、世界的なプロモーターであるボブ・アラム氏が経営するトップランク社と複数年契約を結んだ。プロデビューして以来、数々の記録を樹立してきた「モンスター」は、世界のボクシングファンの「記憶」に残る死闘を演じた。今後、世界の舞台でいくつもの名勝負を繰り広げるだろうが、ドネアとの一戦は日本ボクシング史の1ページとして語り継がれるに違いない。

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