勝敗を分けた11回の左ボディー
この一戦では、井上らしからぬまともにパンチを食らうシーンが何度もみられた。最大のピンチは9回だった。ドネアの右をまともに受け一瞬、ぐらついた。だが、このシーンをスローで改めて見直してみると、井上がモンスターたるゆえんがよく分かる。井上は目を見開き、パンチを受けている。被弾したとはいえ、パンチが見えているからこそ歯を食いしばり、耐え切ることが出来たのだろう。
攻撃に関しても大きな影響を与えたとみられる。驚異的なスピードと鉄壁の防御技術を持つ井上は、中間距離での速攻を得意とし、これまで幾度となく対戦相手をキャンバスに沈めてきた。天性の「距離感」と「当てカン」を持つ井上も、さすがに物が二重にみえるようでは距離感がつかめない。このような窮地に追い込まれたボクサーの多くは、接近戦に勝機を見出す。そして、顔面よりも動きの少ないボディーに的を絞る。
11回にダウンを奪った左ボディーは抜群のタイミングだった。少しの力みもなく振り抜いたその一撃は、ドネアの右腹をとらえた。ドネアは背を向け、そしてキャンバスに両膝をついた。鍛えにくいアゴと比べ、鍛えることが出来るボディーでダウンを奪われることはボクサーにとっては屈辱的なものだ。ダウンするわずか数秒間、ドネアには2つの選択肢があった。耐えるべきか、ダウンか。井上が持つ「凄み」が、ドネアにダウンを選択させたのだろう。