「流血の責任はトランプにある」、「トランプがクルド人を見捨てた」――。
2019年10月6日、トルコによるシリア北部への軍事侵攻が始まると、米国内だけでなく世界中でトランプ大統領に対する非難の声が高まった。日本での報道も同様のトーンだ。
10月17日に米国のペンス副大統領とトルコのエルドアン大統領が会談し、トルコの軍事作戦の一時停止にこぎつけた時にも、「自分で危機を作り出し、それを解決しようとし、勝利を宣言する」、「自分で火をつけて、911(緊急通報用電話番号)に電話して、自画自賛しているのと同じだ」と民主党支持者らの批判は続いた。
「自分で危機を作り、解決しようとし、勝利を宣言」
クルド人は国家を持たない世界最大の民族集団で、トルコ、シリア、イラン、イラクを中心に中東各地に分散して住んでいる。その数は2500万人とも3000万人ともいわれる。トルコはクルド人勢力の武装組織をテロ集団とみなしている。シリア国内でクルド人が自治を求めて動きを強めれば、トルコのクルド人も触発されると、トルコ政府は危機感を抱いてきた。
6日、トルコのエルドアン大統領とトランプ氏は電話会談を行った。会談後、ホワイトハウスは声明で、「クルド人勢力が実効支配するシリア北部で、トルコがまもなく軍事作戦を始める」ことを明らかにした。
その後、シリア北部から米軍が撤収。ホワイトハウスは「この計画に米国は支持も関与もしない」とした。トルコ軍はこれを受け、現地のクルド人勢力排除を目指し、シリア北部への軍事侵攻を開始した。
「ばかげた終わりなき戦いから抜け出す時だ」
トランプ氏はツイッターで、「クルド人はトルコと数十年間も戦っている。私は3年近くこの戦いを抑えてきたが、ばかげた終わりなき戦いから抜け出す時だ」と述べた。
クルド人勢力は、イスラム過激派組織「イスラム国」の掃討作戦で米国と連携してきただけに、「彼らを見捨てるべきではない」との非難の声が米国内であがった。米議会下院は16日、米軍撤収に反対する決議案を354対60の賛成多数で可決した。
「米軍を撤収させれば、トルコがクルド人を攻撃するのは明らかだった。流血はトランプのせいだ」、「国防総省の判断も仰がず、身勝手な行動を取った」との声も聞かれるが、6日のエルドアン氏とトランプ氏の電話会談には、国防総省の関係者も参加していたとの報道もある。
イリノイ州シカゴ郊外に住むベン(50代)は、今回のトランプ氏の決断を支持するという。
「クルド問題はトランプ政権のずっと前から起きていることだ。そもそもISIS(『イスラム国』)との戦いで、クルド人勢力と手を組んだ時から不安を感じていた。彼らの要求をのむのは、たやすいことじゃない。「イスラム国」との戦いでクルド人勢力と連携を結んだのは、オバマ政権の時だ」
トランプ氏が「クルド人の命より自身の再選を優先し、軍隊を突然、撤退させた」と非難されていることについても、ベンは首を傾げる。
「米軍がいる限り、トルコは攻撃しなかったかもしれない。でも、国境を越えて攻撃すると知らされているのに、あのまま撤収せずに巻き込まれて、万が一、多数のアメリカ人が犠牲になったら、トランプを激しく非難するはずだ。そこに留まり、米国の同盟国であるトルコと戦うわけにもいかない。軍隊撤収はトランプが前から主張していたことで、公約のひとつでもあったんだ。しかも、われわれがもともとあそこに軍隊を置いたのは、違法だった」
米軍のシリア駐留は、シリア政府の要請にも国連決議にも基づかない違法なものだったと、シリア政府もロシアのプーチン大統領も非難してきた。
軍事作戦一時停止の合意後、一部で砲撃が続いた。しかし、トランプ氏は「トルコもクルド人勢力も満足している」と自らの成果を強調している。
クルド人は「安全地帯」から撤退し始めたと伝えられている。トランプ氏は成果をあげたのか、さらなる混乱をきたすことになるのか。中東から目が離せない状況が続く。(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。