遺伝子改変技術を使って品種改良した「ゲノム編集食品」の販売や流通に関する届け出制度が2019年10月から始まった。ただ、厚生労働省への届け出は任意で、消費者庁は表示義務も課さなかった。体の大きなマダイや血圧を下げる成分を増やしたトマトなどの開発が進められており、年内にも食品として販売可能になる見通しだが、一部消費者の懸念も根強い。
遺伝子改変技術と言っても、幅が広い。食品については、大きく分けて、外部の遺伝子を加える「遺伝子組み換え食品」と、元々持っている遺伝子の一部を切断したり取り除いたりするなどの方法で製造されるゲノム編集食品に大別される。
ネット調査では4割以上が「食べたくない」
どんなものができているのか。たとえば普通のトウモロコシに、害虫に強い遺伝子を新たに組み込むと、普通のトウモロコシが、害虫に強いトウモロコシになるが、これは遺伝子組み換えに当たる。
これに対しゲノム編集食品は、例えば、1.2倍くらいの肉厚のタイがあり、普通のタイから筋肉の発達を抑える遺伝子を切断するもの。牛でも同様の技術研修がされている。肉量の多いフグは、食欲抑制の遺伝子を壊す。血圧を下げる「GABA」という物質の生成を抑える遺伝子を壊し、GABAを多く含むトマトの開発も進んでいる。
とはいえ、このゲノム編集食品への消費者の心配は根強い。東京大学研究者チームによる1万人以上の消費者のインターネット調査(2018年)で4割以上がゲノム編集食品を「食べたくない」と回答し、「食べたい」は1割にとどまった。
これに対する国の対応が議論になっている。
厚労省は従来から遺伝子組み換え食品について、安全性の審査を義務付けてきたが、ゲノム編集食品については3月に安全審査は必要ないと判断し、10月からの「解禁」への道を開いた。自然界でも放射線などの影響で遺伝子の一部が壊れ、新たな種が生まれる突然変異は起こり、これとゲノム編集食品は、理屈上、同じだという理由だ。事業者にどこをゲノム編集したかなどの情報を届け出るよう求めるものの、義務化はしない。10月からはどちらに該当するかについて、事前相談も受けている。
従来の品種改良と「区別」難しく
厚労省とは別に、消費者庁はゲノム編集食品をラベルなどに表示させるかどうかを検討してきたが、9月に、表示を義務化せず、ウェブサイトなどでの任意の情報提供を求める方針を決めた。義務化した場合、違反した事業者を特定して処分する必要がでてくるが、現状ではゲノム編集と従来の品種改良を区別する検査方法がないというのが理由だ。仮に国内で規制しても、規制のない米国からの輸入品を原材料に加工食品を作る事業者などが対応不能という現実もある。
ただ、消費者の不安が強いことを意識し、「できるだけ表示してほしい」(伊藤明子長官)と呼びかけている。また、逆に「遺伝子編集食品ではない」と表示する場合は、それを証明できる原材料の取引記録などの保管を求める。
ゲノム編集食品の論点を整理すると、そもそも本当に安全性に問題はないのか、届け出や表示を義務付けるべきかどうか、さらに、産業としてどう育てていくかという問題が絡んでいる。こうした点について、大手紙各紙は3月の厚労省の審査免除方針、9月の消費者庁の表示を義務付けない方針などの節目で、社説で取り上げている。
「安全神話」懸念する東京新聞
そもそも本当に安全か、そして届け出を義務化すべきかという点について、遺伝子組み換え食品のような安全審査まで求める論はないが、毎日(3月28日)は「食品としての安全性が万全かどうか未知の部分があり、懸念が生じた場合にすぐ対応できるよう、少なくともすべてのゲノム編集農水産物の登録を義務づけるべきだ」と明快に求めている。東京(3月22日)も「遺伝子組み換え食品とは違う。ゆえに安全審査は必要ない――と、厚生労働省は考える。新たな安全神話の誕生に、ならなければいいのだが」と、皮肉な言い回しで義務化見送りを批判。
読売(4月8日)は「ゲノム編集でも誤った遺伝子改変は起き得る。こうした結果、食品に適さない物質を作り出すリスクは皆無ではない。......改変による悪影響が生じていないかどうかを、事業者が開発段階で、個別に詳しく調べておくことが不可欠である」と、危険性を指摘しながら、届け出義務化見送りには異を唱えず、政府方針追認の姿勢だ。
表示の義務付けについては、朝日が7月11日と9月25日に繰り返し取り上げ、「科学的に安全か否かの議論とは別に、自分の判断で食品を選べる環境を整えることが大切」として、「今回の措置は、消費者の権利を尊重し、適切に行使できるようにするという、消費者行政の目的と相いれない。見直しを求める」と、表示義務化を要求。毎日(9月23日)も「食べるかどうかを消費者が選択できるようにしてほしい。そのためには、生産者による届け出も、食品の表示も、『義務』と位置づけることが必要ではないか。思わぬリスクが分かった時のすばやい対応にも役立つ」と求めている。
産経は暗に消費者団体を批判
読売は4月の社説では「消費者が、ゲノム編集食品と認識した上で購入できるよう、適切な食品表示が欠かせない」と、事実上、表示義務化を求めていたが、義務化せずと決まった後の9月27日には「事業者には、ゲノム編集であることを食品に表示した上で、できる限り丁寧な説明をホームページなどで行う努力が望まれる」と、業者の自主性に任せる政府方針の容認に転じた。
産経の主張(社説に相当、10月4日)は、既存の品種改良との区別が困難との政府の説明を受け、「ふさぐことのできない抜け穴がある規則は、不正や混乱の原因となる。知る権利や選ぶ権利をかえって阻害することにもなりかねない」と、他紙とは大きく異なる主張を展開。様々な危険を懸念する声への反論を連ね、「『知る権利』『選ぶ権利』を要求する側にも、過剰な不安や間違った認識が持たれないよう、情報発信には配慮が求められよう」と、消費者団体などを暗に批判しているのは、産経ならではだろう。
産業としての育成に関しては、「効率のいい新種改良を可能にするゲノム編集技術は、国内はもちろん世界の農林水産業を大きく変える可能性を秘める」(朝日9月)という期待がある。政府も、2018年に閣議決定した科学技術の革新をめざす「統合イノベーション戦略」で、同年度内にゲノム編集食品の法的な位置付けを年度内に明らかにする方針を示していた。厚労省の3月の方針は、これに沿ったもので、日経(3月20日)が「米欧に先んじてルールを明確にするのは、迅速な流通を後押しするものといえよう」と評価したのは、経済紙らしさ。
これに対し、毎日(3月)は「『結論ありき』になってしまったのではないか。もっと腰を落ち着けて検討すべき課題だ」、東京も「スケジュールありきで性急に示された結論に、消費者団体などからは『安全性の議論が足りない』との声が上がっている」と批判。読売(4月)も「『統合イノベーション戦略』の中で、幅広い分野でのゲノム編集技術の活用を目指している。社会の理解なしに、容易には普及しないと心得てもらいたい」と、政府にくぎを刺していたのが目立った。