戦時中の日本でも製剤化に成功
ペニシリンを感染症の治療に応用したいと考えたフレミングだったが、残念ながらこの時点では、濃度が薄いなどの理由で断念せざるを得なかった。
それでもペニシリンの発見から約10年後の1940年、フレミングの論文を読んだ生化学者のハワード・フロリーとエルンスト・ボリス・チェーンがペニシリンの精製に成功。
45年には大量生産も可能となり、感染症治療に使用することができるようになった。
これらの業績から、フレミング、フロリー、チェーンがこの年、共同でノーベル生理学賞を受賞している。
しかし、実は日本でも海外に先駆けて、ペニシリン製剤化に成功していた。
それは第二次世界大戦中の44年。東京大学の梅沢浜夫教授がペニシリンを効率的に生産するカビを発見。その後すぐ森永食品(現森永製菓)が製剤の開発に成功しているのだ。
これも優秀な細菌学者と発酵の技術力の高い企業が多い日本の事情が大きく関係していたようだ。2019年9月10日には、重要科学技術史資料(未来技術遺産)として、当時のアンプルなどが登録されている。