女優の剛力彩芽さんとの交際を公言したり、月を周回する宇宙旅行を計画する米ベンチャー企業と契約したり、最近では個人としての活動が世間を騒がしていた前澤友作氏。
その前澤氏が自ら設立した東証1部上場のZOZOについて、保有株の大半をIT大手のヤフーに売却することを決め、ZOZOの社長からも退いた。2300億円余りを手にすることになる前澤氏が、このタイミングで引き際を選んだ理由とは何だったのか。
双方の利害が一致したからこその「良い話」
2019年9月12日に東京・恵比寿のホテルで開かれた記者会見に「Let's Start Today」と記された白いTシャツを着て現れた前澤氏。「スタートトゥデイ」はZOZOの創業時の社名だ。「好きなことをひたむきにやって、気付いたら社長になっていた」と感慨深げに振り返ると、前澤氏が尊敬するソフトバンクグループの孫正義会長兼社長も同じデザインのTシャツで登場し、前澤氏をたたえた。起業家同士の「良い話」のような演出は、双方の利害が一致した取引が成立したからこそだ。
前澤氏は1975年生まれの43歳。ロックバンドの一員としてメジャーデビューした経験もある。1998年に輸入CD・レコードの通信販売を目的として、前身となる会社を設立。2000年にはアパレルを中心としたインターネット上のセレクトショップを開始した。国内最大級のファッション通販サイトに成長した「ZOZOTOWN」の運営を始めたのは2004年。2018年にサイト名に合わせて社名を「ZOZO」に変更した。
この間、前澤氏は経営トップに立ち続け、「試着が必要な服はネットでは売れない」との先入観を取り払い、ファッションに関心が高い20代から30代を中心に顧客を集めてきた。東京の人気セレクトショップで並んで買うような服をネットで手軽に買えることもあり、業績は拡大を続けてきた。
しかし、ここ数年は迷走気味だった。着用して体型を計測する「ゾゾスーツ」を無料で配布したが、想定したほど利用者は伸びなかった。2018年12月に始めた会員制サービスは、利用者にとって商品をZOZOの負担で常時10%引きで購入できる利点があったが、出店するアパレルには「自社製品が安売りされてブランド価値が下がる」といった懸念が噴出。人気ブランドが相次ぎ出店を取りやめる「ZOZO離れ」が起き、サービスはわずか半年で終了の憂き目にあった。
事業続けるのが美徳の日本、イグジット評価の米国
こうした折、前澤氏は起業家としての大先輩である孫氏に相談する中で、ソフトバンクグループ傘下でインターネット通販事業の強化を目指すヤフーがZOZOの株式の50.1%を株式公開買い付け(TOB)によって取得し、子会社化することにまとまった。ZOZOは2019年3月期に売上高が初めて1000億円を超えた一方で、純利益は初めて前期を下回り、前澤氏の感性に頼った経営では限界が見え始めていた矢先だった。現代アートの購入のための借金が週刊誌をにぎわし、前澤氏が保有するZOZO株の大半が一時、個人としての借り入れのために金融機関の担保に取られていたこともあったという。
ヤフーがTOBに費やすのは約4000億円。ZOZO株の約36%を保有する筆頭株主の前澤氏は約30%分をヤフーに売却する。一つの事業を続けることが「美学」のように称賛される日本とは異なり、米国では株式を売却して利益を得るイグジット(出口)は創業者にとって目標である。「身売り」としてネガティブな捉え方も少なくなく、さまざまな議論も読んだ前澤氏だが、この観点からすれば、まさにイグジットに成功したといえる。
記者会見で前澤氏は、今後は宇宙旅行に向けたトレーニングなどの準備に時間を割く意向を示したが、将来的には「事業をもう一度やりたい」とも述べた。