ジャーナリストの横田増生氏(54)。これまでも多くの話題作を手掛けてきたが、自ら企業などで実際に働く「潜入取材」ものがとくに有名だ。中でもユニクロで1年間働き、内部の実態などをまとめた『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋、2017年)は大きな反響を呼んだ。
今回、潜入取材した先は、小田原にあるアマゾンの物流センター。アルバイトとして2週間、巨大な倉庫で働いた。最初の潜入取材ものとなった『アマゾン・ドット・コムの光と影』(情報センター出版局、2005年)で物流センターに足を踏み入れて以来、15年ぶりだ。
2019年9月17日、その成果をまとめた『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)が発売される。横田氏は、「潜入取材で得られる情報は、真正面からの取材では得られない」と強調。潜入取材の意義を聞いた。
(聞き手・構成/J-CASTニュース編集部 田中美知生)
「相手がオープンにしゃべるところだったら、潜入取材をする必要はない」
――アマゾンへの潜入取材は、横田さんにとって原点と言えるのかなと思っていますが、いかがでしょう。
横田さん(以下、敬称略) 当時は家と近くておもしろそうだし、そんなに今ほど忙しくなくていいかと思った。今回みたいに取材費を出してくれるわけじゃないので。今回は平塚駅の近くのビジネスホテルに泊まって行ったりするんだけども、そういうこともできなかった。その後、もう1回やることになると思ってなかったが、今考えてみれば原点になったかなと。2回目の『仁義なき宅配』(小学館、2015年)で、宅配業界の物流センターで働いた。ヤマトの「羽田クロノゲート」で1カ月夜勤のバイトをして。3回目でユニクロに1年間潜入した。今回の潜入自体は2週間ぐらいだけども、4回目。こんなに続くとは思わなかった。
――潜入取材をずっと続けられていますが、これは1回目の反響が大きかったからやってみようと?
横田 潜入取材する相手はガードが堅いのよ。大体一律に秘密主義なの。どこも取材を受けてないから。アマゾンも受けてないし、だから潜入取材という手法になっちゃう。相手がオープンにしゃべるところだったら、潜入取材をする必要はない。アマゾンは今回も前回も、初めから取材を受けないのはわかっていた。『仁義なき宅配』では宅配業界のこと書くんだけども、ヤマトはどれだけ取材を申し込んでも受けない。それで仕方なく、潜入取材をしようかといってするんだよね。こちらも20人ぐらいに話を聞いているが、ヤマトには7万人ドライバーがいる。20人に聞いても全体像がわかんないじゃん。それなら、以前やった潜入取材をしようかということで。
彼らの特徴は、自分の都合のいいこと以外はしゃべらないってこと、都合の悪いことになると極端に口をつぐむ。だから、そういうところを突破する潜入取材はいつも、いつでも有効。潜入取材しないでいたら楽なんだけど。しんどいんだもん。手間かかるよね。当たるか外れるかわからないし。
――潜入取材を始める時、訴えられるんじゃないか、というような恐怖心は?
横田 ユニクロではあった。(潜入取材前に執筆した)『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋、2011年)では名誉棄損で訴えられている。文藝春秋が訴えられて、ぼくは訴訟対象外。なのでユニクロには訴えられると思って、潜入取材の時はかなり気を付けました。今回は、ユニクロより訴訟リスクは少ないのかな。なぜならアマゾンが外資だから。訴える決断が日本ではたぶんできない。アメリカは名誉棄損で勝たない仕組みになっている。日本は訴えられた方が『全部書いたことは真実です』と証明するが、アメリカでは訴えた方が『(相手が)悪意を持ってうそを書いた』と証明しない限り、名誉棄損は成り立たない。説明責任が違う。だから、そういう意味で(訴えられることは)あまりないんじゃないかと思っているが、うそは書かないし、住所も写すし、いろいろ突っ込まれていいようには準備をしている。
今回の潜入取材で、横田氏はメモや記録を毎日取ったという。
横田 スマホは持ち込みだめだけど、メモは持ってきていいから。見たことや何時に来て誰に会ってとか、できるだけ細かくメモをする。その分ピッキング(編注:客が頼んだ商品を指示に従い、センターから探し出す作業)が遅れたりするんだけど、一応おれも仕事やから極力メモはします。壁に張ってあるポスターとか、朝礼の言葉とか。できるだけメモして。細かいことが入っていれば入っているほどおもしろい。『潜入取材しました。疲れました』って書かれても、なんでどう疲れたのか。例えば2万歩、20キロ超歩きましたとなると、それはしんどいねって話になる。どういう指示があったとか、例えばピッキングした本やたこ焼きの粉とか。『こんなん入っているんや』と思って、そこでメモをしてピッキングして。(取材と業務とを合わせて)1.5倍くらい働く。
――取材の材料集めで、ほかに気を付けたことや工夫したところは。
横田 短期間でなかなか友達までできない。休憩時間も違う。食堂でも人に会わない。だからできるだけ声をかけて、リアクションがあったら全部メモを取る。生の声はもちろん、聞き耳を立てている。介護施設の人に電話をしているところとか。
人の声がないとおもしろくない。話した人は大体、どんな人相で、年齢、どんな格好をしている人かメモっとく。ヒューマンインタレストがないと、なかなか人は読めない。アマゾンの人も言葉を拾いたかったけどそれが拾えなかった。いろいろ怒られたりもしたら「おいしい」のよ。それもなくて、接点がないからどうしようかなと思って。
作業現場では、一番下のアルバイトの上に、「トレーナー」、「リーダー」、一番上の「スーパーバイザー」がいる。全員、アルバイトだという。
横田 現場にはちょっといるんだろうけど。リーダー、スーパーバイザー、さらにその上に正社員がいるからさ。話しかけるわけにもいかんしね。だからその分、ポスターを一生懸命書いた。ポスターを見ることでアマゾンが言わんとしているメッセージを、できるだけ拾おうとした。
――現場で実際2週間働いてみて、アルバイトの特徴は。
横田 ユニクロに潜入した時と比べて、世帯年収は低い。ユニクロは、主婦と学生がメイン。主婦には旦那さんが、学生には親がいる。少なくとも世帯年収としては多い。でも、これだけで生活している人が出てくるとなると厳しい。たとえば、月収15~6万円で、家を借りて通ってくるとなると、貧困層とまでは言わへんけど、かなり困窮層に近い人たちが働いているなという印象。
著書の中では、男子トイレの個室に『おむつを流さないでください』という張り紙がある、という描写がある。
横田 介護用のおむつをしている人がいるってこと。介護のおむつをして20キロも歩くのは考えられんよね。そういう人たちいることがうかがい知れるじゃない? あとでいろんな人のところで話を聞いた時、(予想は)そんなに外れていなかった。
小田急の物流センター内では、開設してから4年で、わかっているだけでも5人のアルバイトが作業中に亡くなっているという。横田氏は、遺族に話を聞く。
横田 1人の女性はお母さんと一緒、1人は夫婦でアマゾンで働いて。どちらにしても生活は厳しいよね。所得でいくと、真ん中の平均値よりいかない人たちじゃないのかな。例えばイギリスでは移民が働いていたりとか、ドイツも移民が多いところに作ったりしていて。
――潜入取材をすることによって、初めてどういう人たちがアルバイトをしているか、という部分も見えてくるのかなと感じます。
横田 だってアマゾンに聞いても教えてくれないもんね。体感じゃないとわかんないし、話してみないとわかんない。食堂では、ご飯をおかわり禁止していた。でも、3杯ぐらいご飯盛ったりする人いるのよ。それだけでもそんなに余裕がないんだなって感じがするじゃない「ご飯そんなに盛らへんよ普通」と思いながら。それが1人じゃない、結構いる。そこらへんは見てみないとわからない。なんかのヒントになると思ったところを全部逐一メモしてつなぎ合わせていくと、ちょっと見えてくるものがあるよね。潜入取材ならではというか、外から見せてくれないから。いろんなものがむけた生の姿を見たいといったら「潜入取材」という方法になんのかな。
万歩計付きの時計をアマゾンでアルバイトするために買って、入りました。持って入れるものが決まっている。国際機関がベゾスを「世界最悪の経営者」に選んでいると書いたけども、根拠が「労働者が1日20キロ近く歩いているから」と書いてあって。「自分はどれぐらい歩いてんのかな」と思って、正確に知りたかった。やつらに任せたら本当のことがわからへん。それも、潜入取材なら自分でやれる。自分で何時間働いて、どこまでで何分何キロと全部測れる。そんなことは絶対(アマゾンは)教えない。
イギリスでは、BBCやガーディアンがアマゾンに潜入取材
今回の著書で横田氏は、アマゾンに潜入取材したイギリスやフランスのジャーナリストに話を聞き、内容をまとめている。イギリスでは、BBCやガーディアン紙、フィナンシャル・タイムズ紙などが潜入取材を敢行しているという。
――海外のジャーナリストにお話を伺っていますが、取材のヒントのようなものは見つかったりしましたか?
横田 ヒントというより、イギリスやフランスでやっても、みんな言うことは同じなんだなと。20キロ以上歩くほど働いて、いままでやった中で一番ひどい仕事だなどということを、ほとんどみんなが言っていた。世界モデルとしてアマゾンは同じオペレーションでやっていて、そこは誰が働いても一律にしんどい、ひどい。人間扱いしてない、とかいう文句が出てくる。あとは、イギリスで取材したときに、時計カメラを持っていた人がいる。時計カメラなんかあるのと思ってアマゾンで検索して、その日のうちに届けてもらって。いろんな道具を持っているのはいいこと。ぼくも眼鏡カメラを持っている。ぼろくて、あんまし写んないけど、結構写していた。だから、その映像もどっかで公開しようかなという気はある。ポスターとかは眼鏡カメラで撮って、あとで(文字を)起こす。眼鏡カメラを持って入っちゃだめとは書いていない。撮影したらだめって全然書いてない。イギリスは時計カメラでそれ(映像を)公開している。イギリスほど潜入取材が浸透していない日本では、映像をどこまで公開するかというのはあるんだけども、だからといって違法になるとはぼくの判断では思っていない。
「日本メディアはみんなお行儀いいからさ」
――「権力」側、今回でいうとアマゾン側の公にしてないことに迫ろうとしている取材姿勢を感じました。海外との潜入取材に関する違いは?
横田 (潜入取材が)イギリスでは結構浸透していて、市民権もある。表側の態度だけじゃ、きれいごとしか言わんよねってイギリス人が(受け手の側も)思っている。だって表から行っても言わないじゃない? ガーディアンもやる。タイムズもやる。今回、取材したサンデーミラーもやる。高級紙から大衆紙、BBCもやっている。権力をチェックしよう、企業をチェックしようという批判精神があるよね。ていうか、言っていることを唯々諾々と信じないね。
日本メディアはみんなお行儀いいからさ。日本で20年アマゾンがあるのにさ、潜入したの俺だけでしょ? 2回やってるでしょ? あほみたいに見えるじゃん。「またやっとるわこいつ」みたいに思う人もいるだろうけれども、本読んでもらったら、実は当たり前の国もある。ぼくらがよく知っているイギリスって国だったり、フランスだったりすんのよ。アルバイトを派遣して、その人に密着して話を聞くって感じでもいい。やり方はいくらでもある。でも日本って全然やらないよね。
横田氏は、日本の「潜入取材」への見方の例として、ルポライター鎌田慧氏による『自動車絶望工場』(1973年)を挙げた。潜入取材の先駆けとして知られるこの作品で鎌田氏は、トヨタの期間工として働いた体験をまとめた。同ルポは、「大宅壮一賞」にノミネートされたが、受賞には至らなかった。入選されなかった件について、元朝日新聞記者の本多勝一氏が同書の講談社文庫版(1983年)の解説で、選考委員を痛烈に批判している。
本多氏は、「選考委員たちがこのルポを選ばなかった理由というのを雑誌で読んだ」際に、「あまりのばかばかしさに呆然」としたという。そして、「茶番劇としての大宅壮一賞」(本多氏著『貧困なる精神・第2集』に収録)に書いたといい、「なにしろ『取材の仕方がフェアではない』とか『ルポを目的とする工場潜入とわかってみれば、少なからず興ざめする』といった批評なのでした」と言及した。氏は、当時自身がつづった文から一部を引用。これがその文だ。
「これはいったい、どういう意味でしょうか。ルポが目的で工場に潜入して働くことが、どうして『フェア』でなくて、『少なからず興ざめする』のでしょうか。私の身近な例でみるだけでも、朝日新聞のP記者は、かつてニッサン自動車に日雇いとして潜入し、そのひどい実態についてすぐれたルポを新聞に発表しています。また同じくQ記者は、精神病院にアル中をよそおって潜入し、連載したルポ『精神病棟』は、精神病院の恐るべき実態をさらけだして大きな影響を与えました。これらもみんな『フェアでな』くて『興ざめ』でしょうか。『ニューヨーク・タイムズ』は、あの国防省秘密文書を暴露して、日本の勇気なき新聞の絶賛を浴びましたが、あの取材方法は『フェア』だったのでしょうか」
横田 潜入取材は「卑怯だ」という見方が、日本の中にはある。だけど、裏を返してみれば、正面から『ジャーナリストです』といって聞いた情報がどれぐらい得られるのかというと、潜入取材して得られた情報が10とすると、たぶん3とか4とか、せいぜい5ぐらいじゃん?そうやって得られる情報は、大体公になっている。潜入取材で得られる情報は、真正面の取材では得られないよね。ご飯いっぱい盛っているとか、『おむつを流さないでください』とかさ。99.9%、そういう事実は名刺を持った取材では得られない。(潜入取材で得られた情報を)知ってアマゾンを使うのと、知らないで使うのとでは全然違うよね。アマゾンを使うなとは言ってないが、そんなに配達が早くなくていい荷物もいっぱいある。例えば、配達指定をかけない、すぐ来なくていいという指定などにすると、その分現場の作業負担が減りますよね。ピッキングもそうですし、配送する業者も。めちゃくちゃメリットが大きいわけじゃないですけど、仕組みがわかっていると、どうしたら現場の負担が減るかわかる。
潜入取材は、「若い人にしてほしい」
横田 潜入取材は、「若い人にしてほしいね」と、ずっと言っている。たとえば新聞社とかがやればいい。新聞で働いていますと(書類)に書かなくても、うそにならへんからね。省略しているだけだから。おれもユニクロに行ったとき、日本の関西学院大学までと入れて、アメリカの大学院のことは書かなかった。初め、弁護士の先生に「どうですかこれは」と見せた。「全部書いてないけど、うそも書いてないからいいよ」ってことで。本を書いたとも書かないし。だから、リーガル的に普通の新聞社でも行けるんじゃないかな。
潜入取材は、場所にもよるけどお金がかかんない。アルバイトのお金ももらえたりする。だけど、20~30代である程度の訓練を積んでいないと日記になっちゃう。見る勘所とか、訓練を積んでいるのだったら、30ぐらいの人たちはどこでも入れる。お金かかんないし、取材費もかかんない。特にフリーだったら、自分の労働時間がない。組織だと、その間にちゃんと記事書かんかい、という話になるから、組織の人もちょっと交渉してみてもいいのかも。果敢にだめ元で企画を上げてみると。特に若手、どうだと。取材の勉強にもなる。1回こっきりしか見られないから、神経をとがらせておかないと見落とす。あとは転職する前にやるとかね。(今は)新聞からネットメディアへの転職組が多い。新聞社を辞めて1回挟んで本を書いて、ネットメディアに入ってもいいね。