「ドラえもん」の作者として知られる藤子・F・不二雄氏の漫画について、「男性が『~かしら』という言葉を使っている印象がある」などと指摘するツイートが、2019年8月下旬に投稿され、話題になった。
投稿者のユーザーは、「女性的な言葉だと思うが、F先生の口癖だったのかしら?」と疑問を投げかける。そもそも「~かしら」はいつから使われ始めたのだろうか。J-CASTニュースでは、過去の文献を振り返るとともに、識者に見解を聞いてみた。
「坊っちゃん」や「少年探偵団」にも登場
「広辞苑 第七版」(岩波書店)によると、「かしら」は助詞。「『...か知らぬ』の転。明治以降の語。主として女性が用いる」としている。体言と同等の語に続いて、不審や疑問の意を表す。否定の助動詞「ない」「ぬ」に続いて、願望や依頼の意も示す。「かしらん」とも表記されるようだ。活用語の連体形に続いて、危ぶむ意も表すという。
ツイッター上では、「『~かしら』は小説でも使われている」という趣旨の投稿があった。実際に小説で、「~かしら」「~かしらん」が多く使われているのが確認できる。
例えば、夏目漱石の『坊っちゃん』(1906(明治39)年)では、主人公の「おれ」が「気乗り損なったのかしら」「清が面白がるようなものはないかしらん」と疑問を表す場面がある。ほかにも、江戸川乱歩の少年探偵団(1937(昭和12)年)では、少年探偵団の「桂正一君」が「お化けだったのかしら」と疑問を抱いたり、団長の「小林芳雄少年」が「おぼれ死んでしまうのかしら」「明智先生はどうしていらっしゃるかしら」と考えたりしている。
一方、ツイッター上では、「~かしら」は「山の手の言葉のようなもの」「東京の方言」「東京方言のひとつ『山手言葉』の言い回し」などと指摘する声も上がっていた。
「ドラえもん」全1346作品のうち601回登場
ドラえもんの作品では、どう使われていたのか。ドラえもんを研究している「ドラえもん学」の提唱者で、『「のび太」という生きかた―頑張らない。無理しない。』(アスコム)著者の横山泰行氏によると、ドラえもんの全1346作品のうち、「かしら」が登場するのは、601回。登場人物別では、野比のび太が27パーセントにあたる130回使っているという。
さらに横山氏は、次のように推測する。
「藤子(・F・不二雄)さんは(出身地の)富山で小さい頃、比較的豊かな生活をされていた。山の手に近いような生活は確かにしていた。藤子先生は性格的に優しい方。『かしら』という言葉に魅力を持たれていた可能性はあると思う。性格や(生活していた)環境などを考えると、それほど抵抗なく『かしら』という表現が藤子さんにマッチしていたんじゃないか」
「東京独特という訳ではなく...」
「~かしら」の語源や変遷は、どのようなものだろうか。J-CASTニュースでは、近代日本語史を研究している、日本女子大学文学部の清水康行教授にも話を聞いた。
清水教授によると、「~かしら」は、元々、「~か・知ら・ず」(か:疑問を表す係助詞、知ら:動詞「知る」の未然形、ず:否定の助動詞)の形であり、《~かは知らない》といった意味で古くから使われていた。江戸時代のころから、「~か知らぬ」「~か知らん」の形で、《知る》の意味が薄れ、単に《疑問》をあらわす用法が増えてくるという。江戸時代の終わりごろから、「~かしらん」「~かしら」で、近現代と同様の、疑問・不確かな感じの終助詞として定着した。
清水教授は、「東京方言」が日本語学的な意味においては、「東京独特かどうか、ではなく、東京という地域で使われている言語一般を指します」としたうえで、「~かしら」は「必ずしも、東京独特という訳ではなく、他の地方でも使われています」などと指摘しつつも、「<いかにも東京らしい言葉>として、受け取られていたことは、あったようです」と説明する。
1940年代の小学校国語教科書にも登場
「~かしら」を使う人々の層や性差に特徴はあったのだろうか。清水教授は、「江戸末~近代の文献例を見ると、使用者の、社会階層や年齢に、顕著な偏りは、見られてないようです。男女でいうと、早くから、女性が使う例の方が多かったようですが、男性の使用例も、珍しくありません」と解説。一方、興味深い例として、「1940年代の小学校国語教科書(当時は、国定)に、男の子が『~かしら』を用いる例が、幾つか見られます」とあげていた。
清水教授は、「ネット投稿者が、どういう意味合いで『山の手言葉』という語を用いているのか、不明なところがあります」としつつ、「(明治以降の)「山の手」で多く使われた(=「下町」では余り使われなかった)言い回しである、と解すると、その決めつけは、当たらないでしょう」と指摘。その根拠として、「Twitter上の反応でも、下町地区で使っていた、という声もありますし、文献でも、『山の手』の例とは見なせない例も見られます」と説明していた。
(J-CASTニュース編集部 田中美知生)